吃音親子サマーキャンプ~親の参加~

 吃音親子サマーキャンプは、親子での参加を原則としています。親は、単なるつきそいではなく、親独自のプログラムがあります。子どもが年代ごとに話し合いをしているとき、親も7~8人のグループに分かれて話し合いをします。子どもたちが芝居の練習をしているとき、学習会をしています。子どもたちの芝居の上演前に前座をつとめます。そうして、いつのまにか親のセルフヘルプグループができあがるのです。
昨日のつづきです。親の話し合いの様子と、参加した人の感想を紹介します。(「スタタリング・ナウ」2010.10.25 NO.194 より)

〈親の話し合いの報告〉
        親に寄り添う
                 東野晃之(大阪スタタリングプロジェクト会長)

 「どもる子どもの将来は、どうなっていくのか」、どもる子どもの親の心配や不安は、そこにある。
 吃音親子サマーキャンプには、主に小学生から中学生、高校生までが参加する。年齢に違いがあっても子どもの現在と未来に、親の心配のタネは尽きないようだ。どもる子どもへの接し方、進級によって変わる教師やクラスの友人との関係、いじめの問題、将来の進路など、それらは、子どもがどもるがゆえの親の危惧であり、社会で少数派の吃音の悩みでもある。
 親の話し合いは、4つほどのグループに分かれ、1グループ10数名で行われる。進め方は、まず自己紹介として、初参加の親から参加のきっかけや子どもの吃音などについて話してもらう。ここに来るまでの様々な出来事や子どもの吃音の状態、子育ての疑問などが、一気に話される。
 今年は初参加が多く、グループのほぼ半数を占めた。数年続けて参加する親も含め、全員の自己紹介が終わると、初参加の親から、どもる子どもと関わるなかで今、思うことを話してもらう。自己紹介の内容と重なることも多いが、今度は少し整理された発言になる。それを聞いて他の人にば、同じような自分の体験を話してもらう。同年齢の子どもだけでなく、年長、年少の子供をもつ親がいて、さらにリピーターとして参加する親には、サマーキャンプでの経験や学びの経験知がある。親の話し合いは、吃音や子育ての幅広い情報の交換の場となる。特に初参加の親には、参考になることが多いだろう。
 話し合いが進んでいくと、司会進行役の担当者が促さなくても各々が発言し、共通の体験や意見の交換が行われる。話し合いがスムーズに進行する大きな要因は、初参加の親とリピーターの親が、ほどよい割合でグループを構成するところにある。どちらか一方が片寄り過ぎても話しづらく、活発な発言は出にくいようだ。2コマの各1時間半と2時間の親の話し合いは、自己紹介とどもる子どもを育てる親同士の体験の分かち合いで過ぎていく。
 ゆっくりと時間をかけて一人一人の体験に寄り添い、話に耳を傾ける。それはまるで、どもる子どもを持っ親のセルフヘルプグループのようである。
 ここ最近、吃音親子サマーキャンプには、父親の参加が多くなった。両親が共に参加する家庭が多く、なかには父親と子どもで参加するところもある。親の話し合いには、父親が2、3人入ることもある。父親が加わることで、母親とは異なる立場から、吃音や子どもへの思いを聞き、分かち合うことができる。
 また親自身、どもる人が結構いることもわかってきた。今回、10数人のうち、母親2人、父親1人が、吃音経験者だった。親の吃音の経験が、どもる子どもへの接し方などに活かせるのではと思われるようだが、それはごく一部分に過ぎない。子どもは自分の吃音で悩み、生きているのだ。人が一人一人違うように、吃音もまた一人一人違う。親の話し合いのなかでどもる母親、父親の話を聞くと、そのことがよくわかる。どもる当事者が、唯一できるのは、吃音を理解し、どもる子どもに寄り添うことだけだろう。
 「どもる子どもの将来は、どうなっていくのか」という親の気持ちは、自分の吃音体験を振り返ると理解できる。吃音に悩んでいた頃、「このまま吃音が治らなければ、将来どうなっていくのか」、全く未来が見えず、不安で仕方なかった。吃音体験のないほとんどの親は、どもる子どもの現在と未来を想像するしかない。自分では不安や心配に対処する術がないのだ。「吃音が治らなくても大丈夫。吃音を持ちながら生きて行ける」。どもる当事者が、話し合いに入る意味は大きい。多くを語らなくても、生きた見本がそこにあるからだ。親の話し合いは、セルフヘルプグループのミーティングのようだ。多くの体験の分かち合いがあるからだ。吃音に悩んでいるのは、自分ひとりではない。吃音と前向きにつき合っていこうとする仲間がいる。
そんな仲間の存在が、大きな力になるのである。

《キャンプの感想》
  息子と私のスタートライン
                           溝端しのぶ(滋賀県)
 私の息子は小学5年生です。
 吃音親子サマーキャンプへの参加は私の4年越しの夢でした。去年9月に転勤で宮崎から滋賀に引っ越すまで、宮崎からは遠いし旅費もかかるからと諦めていました。でも長年の夢が叶い参加できるのに大きな不安がありました。
 「ねえ今日からのキャンプ、○○君も来るよね?今日は制服じゃなくていいちゃね」
 息子はキャンプ直前まで、所属するボーイスカウト活動のキャンプだと思っていたからです。
 日本吃音臨床研究会から届いた青い封筒もすぐに隠し、サマーキャンプの案内は「吃音親子サマーキャンプ」の文字にマグネットを置いて冷蔵庫に貼り付けていました。
 私の住む守山市の守山駅から河瀬駅まで25分その間に、実は吃音親子サマーキャンプだと話しました。
 「そう君は話すときに引っ掛かるよね、そう君以外にも同じ話し方をする仲間が沢山いてキャンプするちゃわ」
 息子の驚きはすぐ怒りに変わり、涙をこぼしながら「なんで行かんといかんと? 僕は治りかけてる。なんで隠して連れてきたと? 知ってたら絶対付いてこんかった」
 驚きも怒りも当然でした。自分以外の吃音の人を知らないし、今まで家庭で吃音について全く触れてこなかったからです。2年間程ことばの教室に通級していましたが、それでも家庭では吃音の話はしませんでした。何度か息子から「ぼくは何で引っ掛かると?」「ぼくは障害者やと?」
息子の素朴な質問にもあいまいに答え、さっと話を切り替えてきました。吃音を意識させてはいけないという思いからだったのですが、そんな親の言動が、息子には吃音は悪いこと、吃音の話はしちゃいけない…と思わせていた様です。これはキャンプに参加して初めて気付いたことでした。
 嫌がる息子をなだめ、送迎バスに乗せ、施設に着きました。息子にとっては吃音やどもりという言葉さえ初めてでどうなる事かと心配しましたが、友達もすぐに出来てワイワイ楽しそうにしていたので安心しました。ここでの事はスタッフにお任せしようと思い見守るだけにしました。
 初日のタ方、食堂ですれ違うときに「ぼく以外にもいた」と話してくれました。自分以外にも同じ仲間がいる、それを知って貰えただけで十分でした。
 2日目も食堂で作文を書いた後に「ぼく、気にしてないよ」と私のいるテーブルまで話に来てくれました。家に帰ってもキャンプでの事は本人が話してくれるまで待とうと思いました。
このキャンプは私にとっても同じ悩みを持つ親と話せる初めての機会で、不思議な事に初めてお会いするのに親戚と会えたような感じになりました。
 吃音がひどくなる度に原因を探しては悩み、治す方法を調べては悩み、真っ赤な顔を歪めながらどもる子どもを見ては悲観してきた、自分と同じように悩んでいるお母さん達がこんなにいる、みんな優しい人ばかり、こんな良いお母さん達の子どもだって吃音がある、息子の吃音は私のせいじゃない・・あんなに吃音について話した事も、息子の事を聞いてもらった事もありませんでした。
 3日間どっぷり吃音にはまることが出来てとても満足し、楽になり、救われました。息子の為じゃなく自分の為に参加したかったのかもしれません。
 楽しかったキャンプもあっという間に終わり、帰りの電車の中で「楽しかった?来年はどう?」
「来年も行かんといかんと?」
 ・・キャンプ前は泣くほど嫌がったのに嫌とは言わなかった・・この3日間だけでは、家庭で吃音の話が出来るか分からないけれど、息子と私はスタートに立つことが出来たと思います。
 スタッフの方々、息子と私が吃音に向き合う機会を頂き感謝しております。参加されたお父さん方、お母さん方、元気をありがとうございました。
 まだ1回目、息子と私は吃音について歩き始めたばかりです。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/04/10

Follow me!