卒業生への応援歌

 新年度が始まりました。子どもたちは学年がひとつあがり、社会人生活をスタートさせた人もいるでしょう。転職や部署が変わったという変化の4月を迎えた人もいるでしょう。それぞれが、それぞれの場で、自分の強みを発揮して日々を過ごしてくれたらと願っています。
 2025年度の日本吃音臨床研究会も、変わらず、吃音に取り組んでいきます。「吃音親子サマーキャンプ」、「親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会」、「新・吃音ショートコース」、「伊藤伸二・吃音ワークブックin東京」など、恒例のイベントも、開催に向けて準備中です。詳しくは、ブログやTwitter、Facebook、日本吃音臨床研究会のホームページで案内しますので、ご覧ください。直接お会いできること、楽しみにしています。
 一緒に活動するNPO法人大阪スタタリングプロジェクトの大阪吃音教室も、今週の金曜日、4月11日から始まります。午後6時45分、大阪ボランティア協会2階の研修室です。
 今日は、イベントのひとつ、2010年の吃音親子サマーキャンプを特集した「スタタリング・ナウ」2010.10.25 NO.194 を紹介します。まず、巻頭言からです。
 「大学でもラクビー部に入るので、スタッフとしてキャンプには参加できないだろう」と卒業式で話した子どもは、大学ラグビーの名門、早稲田大学の法学部に行き、ラグビー部に入って、4年間活躍しました。そして、今は、吃音親子サマーキャンプの主要スタッフとして毎年参加しています。

  卒業生への応援歌
                   日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 吃音親子サマーキャンプが終わり、送迎バスを見送ったとき、今年も、ケガも事故もなく無事に、みんなの力でいいキャンプができたとほっとする。私にとって、満足感に包まれる好きな時間だ。
 私が信頼するスタッフのいい仲間と、参加者ひとりひとりの吃音への思いと力が集まると、こんな素晴らしいキャンプができるのだと、毎年、人の力の結集のすごさを思う。そして、非日常の3日間の生活を終え、ある意味厳しい日常生活に出て行く子ども達に、ここで得た、「吃音を生きぬく力」をさらに育てていってほしいと心から願う。
 今年で21回目のキャンプだが、サマキャン卒業式は、今年で8回目。途切れずに卒業生がいるのはすごいことだ。卒業式を迎えるには厳しい条件がある。3回以上参加していることが絶対条件である。話し合い、劇に取り組む3日間を3回は経験しないと、キャンプが大切にしていることが、からだに、心に浸みていかないからだ。高校2年生の時キャンプを知って参加し、高校3年生になった次の年、卒業式がなくとても悔しがっていた子が今スタッフとして卒業式に立ち会っている。どもる子ども、親にとって、キャンプの卒業式には、他の卒業式にはない特別のものがあるのだということを、今年の卒業式でも再認識した。
 岩手県から父と子で参加した高校3年生は、新学期が始まっており、全校生徒が参加しなければならない大切な行事と重なった。学校側と交渉しその行事を欠席して、卒業式のある最後のキャンプに参加した。そして彼は、高校生の話し合いの中で、これまで「いじめ」に近い吃音にまつわる体験を話し、涙とともに、過去の苦しみを整理した。仲間の中で、不安をもちつつも将来への思いを語っていた。劇の取り組みでも小さな子ども達を支えながら、劇作りの中心にいた。
 卒業証書を受け取って、今後はできたらスタッフとして参加したいと言った後、3年間、遠く岩手県から一緒に参加してくれた父親に感謝のことばを述べた。卒業への思いが伝わってきた。
 キャンプのプログラムの中で、卒業式は、私にとっても格別の思いがある。小学生低学年から参加している子どもとは長いつきあいになり、一年一年の成長をキャンプの中で見てきた。なかなか話し合いに加われなかった子が、話し合いをリードしている。劇をとても嫌がっていた子が、楽しそうにセリフの多い役、難しい役に挑戦している。子どもの成長が、我が子のようにうれしい。
 静岡のキャンプで小学4年生の頃に出会った男の子が、参加するようになって、今年卒業式を迎えた。知り合った頃から、どこにいてもすぐ私を見つけて、気がつくといつも私の傍にいる子だった。からだを動かすことが嫌いで、からだを使うプログラムはいつも一人、パスをしていた。マイペースで、他の人と何かに取り組むことが苦手なように私には見えた。かなりどもることを承知で、劇ではナレーターを申し出て苦労し、泣き出したこともあった。その子が、高校ではラクビー部に入り、みるみるうちにたくましくなった。劇の稽古や他のプログラムでも、小さな子ども達の世話をし、率先して取り組んでいた。初めて出会った頃とはまるで違う青年に成長している。子どもの変わる力にうれしくなる。その子は卒業式で、母親、姉の前でこう挨拶した。
 「大学でもラクビー部に入るので、スタッフとしてキャンプには参加できないだろう。でも、一緒に参加していた姉がこのキャンプが大好きで、福祉関係の勉強をしているので、姉にスタッフとして参加してもらいます。僕は、今度、どもる子どもの親としてキャンプに参加したいです」
 辛いこと、悩んだことも多々ある中で子ども達は、吃音について話し合い、考え、ことばを育てて、キャンプから卒業していく。将来、吃音に悩むことが起こったり、今よりもどもるようになることもあるだろう。しかし、今後、どのようなことが起ころうとも、キャンプで掴んだ生きる力は、免疫力となって、生き抜いてくれると信じている。
 子どもの力を信頼してキャンプは続いていく。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/04/08

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