学習・どもりカルタ

 日本吃音臨床研究会が取り扱う、教材・書籍の中で、ロングセラーを更新しているのが、「学習・どもりカルタ」です。最初は、大阪吃音教室の、正月明けの定番講座でした。吃音にまつわるできごとや、どもる人の気持ちなどをカルタの読み札にして、それに合う絵を描き、最後はカルタとりをするという楽しい講座でした。それが、ことばの教室で教材として取り組まれるようになり、「学習・どもりカルタ」として市販されるようになりました。今、全国のことばの教室に広がっています。
 「学習・どもりカルタ」の意義は、次の3つが考えられます。それぞれ、たとえば、どんな読み札があるか、紹介しましょう。
 〈気持ちの分かち合い〉…手を挙げる 当たらぬようにと 祈りつつ
 〈情報の分かち合い〉…大人になった どもる人 いろんな仕事についている
 〈考え方の分かち合い〉…怖かった どもりの勉強 するまでは
 「学習・どもりカルタ」には、解説書がついています。読み札の一枚一枚に込められた、作者の生き方、気持ち、思い、考え方、願いなどが書かれていて、それを読むだけでも、学びに通じます。
 「スタタリング・ナウ」2010.9.26 NO.193 は、学習・どもりカルタの意義、学習・どもりカルタが出来た経緯、制作にかかわった人の思いなどを特集しています。まず、巻頭言から紹介します。

  学習・どもりカルタ
                     日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 話せなかった辛い体験や思いを、自分のことばにして語り、同じように悩んできた人に話して、「そうそう、私も同じ」と聞いてもらい、自分も人の話に聞き入ったときの喜び、うれしさは何ものにも代え難いものとして、私の中に残り続けている。
  〈気持ちの分かち合い〉
  〈情報の分かち合い〉
  〈考え方の分かち合い〉
 これがセルフヘルプグループの大きな意義だ。私たちは、〈気持ちの分かち合い〉のひとつの形として、過去のできごとを吃音川柳にして笑いとばしてきた。吃音の問題を客観的にとらえ、違う角度から見直すことで、過去は変えられないが、過去への意味づけが変わった。そこから、吃音は恐ろしい、難しい大きな問題ではなく、十分対処可能なものに姿が変わってきた。
 今回、ことばの教室で「どもりカルタ」の実践を重ねる教師の会の仲間たちと、「どもりカルタ」の制作に取り組んだ。
 子どもたちのカルタに込められた思いを読み、選び、読み札の解説書をみんなで書いている中で、単なる遊びや〈気持ちの分かち合い〉を超えて「どもりカルタ」の大きな意義を再発見できた。
 セルフヘルプグループの3つの意義が体験できるだけでなく、芸術療法としての「詩歌療法」に通じる意義に気づいたのだ。
 音楽、絵画などの芸術療法として、詩歌療法は、詩のもつリズムによるコミュニケーション機能、リズムとことば、カタルシス機能などの力によって、諸外国では、心理療法の一翼を担っている。それに比べ日本では、1990年、『俳句・連句療法』(創元社)が初めての本といえるくらい、大きな注目は浴びていない。
 音声言語表現に直接結びつく詩歌療法は、吃音の臨床に大いなる可能性をもつ。
 カルタのべースにある俳句は、学校教育でも教えられ、日本人にとって日常生活に入り込むほどに馴染みが深い。俳句と違って「どもりカルタ」は、吃音という、自ら抱える問題に絞り込むために、吃音の体験や、吃音への思いや考えを比較的たやすく表現できる。今回「どもりカルタ」の制作の過程で、いわゆる療法ではなく、吃音臨床の学習教材として使えることが分かったのは、大きな収穫だった。その意義についてまとめる。

①気持ちや考えの言語化によるカタルシス効果。
②俳句を基本とした一七文字程度の定型は、大人も子どもも、作りやすい。
③子どもの頃から馴染んでいる五七調の音のリズムは声に出して記憶しやすい。
④作ったものを推敲し、話し合い、ことばを入れ替えることで意味が深まる。
⑤五七調のリズムが日本語の発声・発音のリズムを育てる。ことばを育てることになる。
⑥メッセージ性のある読み札で、新しい考え方、価値観に出会う。
⑦肯定的なメッセージを声に出し、また聞くことで、自分自身を、周りを勇気づける。
⑧吃音を四十四の切り口で語り、これまでの吃音の思いや考えをとらえ直すことができる。
⑨読み札に込められた体験や思いを想像する力が育つ。

 自分のカルタだけでなく、他者のカルタを共有し、読み合わせて遊ぶことで、「そうそう、私も同じ」と共感し、ほっとし、「そうか、こんな考え方もあるのか」と新しい発想、価値観に出会う。覚えやすいために何度も口ずさむことで、自分自身のものになっていく。勇気づけになる。今回のこのカルタに込められた四十四通りの吃音への思いは、現在吃音に悩む子どもに、〈あなたはあなたのままでいい〉〈あなたはひとりではない〉〈あなたには力がある〉というメッセージを、やわらかいタッチの絵札のイメージとともに、やさしく語りかけていくことだろう。勉強という肩肘張ったものではなく、楽しく遊びながら吃音について学び、そして吃音を生き抜く力が育つ。
 「学習・どもりカルタ」の誕生はうれしい。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/04/04

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