『親、教師、言語聴覚士が使える 吃音ワークブック』(解放出版社)出版にあたって
雪の映像が流れる、4月にしてはとても寒い中、新年度が始まりました。
子どもたちも、ひとつ学年が上がり、新しい気持ちで始業式を待っていることでしょう。僕は、21歳までは、新学期を迎えるこの時期が嫌いでした。自己紹介のことを考えると不安で、早春は苦い思い出しかありませんでした。吃音とともに生きる覚悟を決めてからは、新芽がふくらみ、花が咲き出す早春が好きになりました。
「スタタリング・ナウ」2010.8.22 NO.192 の紹介を続けます。
このワークブック出版にあたって、毎月のように集まり、合宿を重ねたことを先日書きました。
このワークブックを、僕たちは、解放出版社からの、吃音に関する出版3部作だと位置づけています。『吃音と向きあう一問一答』、『どもる君へいま伝えたいこと』、『親、教師、言語聴覚士が使える 吃音ワークブック』の3冊です。
『吃音と向きあう一問一答』は、吃音に向き合う理論の整理のために書かれたものです。残念ながら、現在、この本は絶版となってしまいました。
『どもる君へいま伝えたいこと』は、小学4年生からの子どもへ直接話しかけたもので、一問一答形式で書かれています。。
『親、教師、言語聴覚士が使える 吃音ワークブック』は、学童期の子どもと一緒に取り組むために書かれました。紙面の都合で、たくさんあるワーク、すべての実践は載せられませんでしたが、実践には実践者の名前が書いてあります。直接本人に連絡してもらってもいいし、日本吃音臨床研究会に問い合わせてもらっても構いません。お互いに、実践交流ができればうれしく思います。
また、もし、講習会や研修会などが計画できるのであれば、連絡をください。直接交流できれることを願っているので、どんな小さな集まりでも出かけていきたいと思っています。
出版にあたって、仲間のひとり、高木浩明さんが、ワークブックについての熱い思いを綴っています。「スタタリング・ナウ」2010.8.22 NO.192 より紹介します。
私たちの熱い思いが吃音ワークブックに
吃音を生きる子どもに同行する教師の会 高木浩明(宇都宮市立雀宮中央小学校)
『どもる君へいま伝えたいこと』(解放出版社)が完成し、次のステップとしてワークブックのプロジェクトがスタートしてちょうど2年となる。
この夏、吃音ワークブックができあがった。その間、東京や大阪で幾度も合宿し、また吃音親子サマーキャンプや吃音ショートコースでは、ちょっとの時間を見つけては、話し合いを続けてきた。全員が一堂に集まって話し合う機会は持てなかったが、話し合いの材料となった原稿に加えて、話し合いの様子を文書に起こし、プロジェクトの仲間にメールで配信した。それらを読むことで、例えその場にいなくても、熱く真剣な話し合いの様子を感じ、同じ思いを共有することはできたと感じている。そして返信メールを通して、ひとりひとりの思いや考えを伝え合い、理解し合ってきた。まさに仲間と共に歩んできた2年間である。
その第1回目の話し合いの記録を読み返すと、子ども中心主義、吃音を子どもから学ぶ、対等性や当事者性といった、このワークブックのキーワードになる考えが、次から次へと出てくる。どういうスタンスで子どもたちと向き合い、歩もうとしているか、そこで出てきた話はそのまま今の私たちが大切にしていることに繋がっている。
これは、2年間の中で、私あるいは私たちが何も変わっていないということではない。
『吃音者宣言』(伊藤伸二・たいまつ社)、アメリカ言語病理学者のメッセージである、『人間とコミュニケーション』(内須川洸他訳・NHK出版)から近年の吃音に関しての多くの本や資料を読み直し、何度も話し合いをし、実践を進めてきた。たくさんのどもる子どもたちや大人たちの声を聞き、吃音について学び、一緒に歩んできた。
そのことで、2年前の話し合いで感じていたことに、より確信が持てるようになった。子どもたちと一緒に取り組めることの幅が広がり、一方で援助の前提となる哲学を再確認もした。「吃音を生きる」子どもたちにとって、私たちがことばの教室で実践していることがどんな意味を持っているのか、時間をかけて一緒に取り組みながら、感じ考えることができた。
自分たちが歩もうとしている方向は変わっていないが、一つ一つの受け止め方が深くなった。成長したとは、ちょっと言い過ぎかもしれないが、バージョンアップしたことは確かだろう。
そうした2年間の経緯の中で、当初、ワークブックやマニュアルといった考えに強いアレルギー反応を起こしていた私たちが、私たちらしいワークブックとして、今回のこの本を作ることができるようになったとも言える。「・・すべき」ではなく、ルポとして、私たちのやっていることをそのまま出そうとなったことも、転機となった。
この本は、ワークを順番に一通りやれば何かが分かる、できるようになるといったパターンの本にはなっていない。ワークブックというイメージとはちょっと異なる趣になっているのかもしれないが、そこに、私たちが子どもたちとのダイレクトな関わりの中で、どんどん変化させながら進めている、毎日の実践があるとも言える。
言い方を変えると、出たとこ勝負で、順序よく、予定通りとならない、毎日のバタバタぶりがそこのあるということだと言えるだろう。
合宿のたびに姿を少しずつ変える「はじめに」の文章が物語るように、伊藤さんはもちろん、私たちも何度も何度も原稿を書き直してきた。それは一人では決してやらない、できない作業だった。先頭を走る伊藤さんの情熱に刺激され、励まされたことに加えて、仲間のことばや存在があるから、何度でもトライし、そして、みんなの思いや願いを書ききろうとしていた。その経験が今となっては一番貴重なものだったようにも思う。
言い切ること、伝えきることの難しさと、大切さに、こうして出会うことができたことは、プロジェクトのメンバーとしてやってきた自分たちにとって、できあがったワークブックと共に、大きな財産になっている。ワークブックの何倍の厚さにもなる話し合いの資料や原稿が、そのことを物語っているように思う。
熱い熱いワークブックだから、一人でも多くの人に手に取ってもらい、子どもたちとの実践に繋がっていくことが、私たちの願いだ。長野市での全国難聴・言語障害児教育研究協議会で、栃木県のことばの教室担当者の研修会で、この本にたくさんの人が興味を持ってくれた。私たちと同じような思いを持って、どもる子どもたちと向き合う、そんな仲間が全国に広がって欲しいと、そしてきっとそれは叶うと信じている。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/04/01

