言語聴覚士の仕事
今日は、3月11日。2011年から、14年経って、また、3月11日が巡ってきました。
宮城県の女川町から、家族4人で吃音親子サマーキャンプに参加していた阿部莉菜さんとお母さんのことを思い出しながら、過ごしています。東日本大震災の津波で亡くなり、何度もこのブログで取り上げてきました。
70歳まで、僕は、言語聴覚士養成の専門学校や大学で、吃音の講義を担当していました。多いときは、同時に、7校で講義をしていました。昼間、講義をして、同じ学校で夜間にも講義をするということもありました。
言語聴覚士の存在は、どもる人にとってどのようなものなのだろうと思うことがあります。専門職ができたことは、ありがたいことではあるのですが、吃音が治療の対象となったことについては、僕は、少し心配しています。専門職や制度がなかった頃、どもる人は、自分でしっかり考え、自分の力で自分の人生を切り拓くしかありませんでした。また、それができるのが、吃音だと思うのです。
今日から、ひとりの言語聴覚士の取り組みを紹介しますが、吃音についてこのように考え、実践してくれる人が増えることを切に願います。
「スタタリング・ナウ」2010.1.23 NO.185 より、まず巻頭言です。
言語聴覚士の仕事
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
私は、言語聴覚士養成の専門学校数校で、吃音の講義をしている。これから臨床家になる学生に、吃音に興味関心をもってほしい、そして、どもる子ども、どもる人のいい味方になってほしいと、祈るような思いで、一所懸命に話をしている。
私の講義に出会う前、学生はほとんど吃音に興味も関心もないことが多い。どもるという現象は、緊張したりあわてたりする時、誰もが経験することで、それがどうして、言語聴覚士の仕事になるのか、イメージがわかないという。「吃音」「どもり」ということばすら、専門学校に来て初めて知ったという人がいる。
私自身の吃音の苦悩の歴史、ある青年の事例検討などを通して、吃音がこれほどまでに、その人を悩ませ、人生に大きな影響を与えることがあると知って、まず、大きな驚きをみせる。そして、100年におよぶ吃音研究臨床の歴史を話すと、これだけ、科学医学が進歩発展しているにもかかわらず、吃音の原因も、吃音のメカニズムも、分かっていないことにため息が出る。
これまで学んできた他の言語障害には、検査方法があり、その検査結果にそって治療プログラムがあるのに比べ、あまりの違いに面食らうのだ。
私の講義は、グループでの話し合いと発表、そして常に感想や意見を求め、それに対してまた私がレスポンスを返すなど、ディスカッションのように講義が進んでいく。だんだんと、吃音に興味関心が向いてくるのが、学生の発言で伝わってくる。吃音の症状の検査法や訓練法の話では、学生もあまり吃音に興味がもてないだろう。治せないにとまどいながらも、どう生きるかを考え始める。
吃音に強い劣等感をもつと、劣等コンプレックスに陥り、「これさえなければ私は幸せだ」と考える吃音の悩みの話は、自分の問題と照らし合わせて聞いている。弱みや劣等感のない人はまずいないだろう。それと向き合い、どうつきあうかは、学生にとっても共通する課題なのだ。
吃音親子サマーキャンプの様子が収録されている、TBSのニュースバードの40分のビデオには、学生はとても大きな関心を示す。自分とあまり年齢の変わらない高校3年生の涙の卒業式の様子や、吃音の悩みを出し合い、しっかりと自分の意見を言う話し合いの姿を見て、うらやましいとまで言う。そして、私たちに何ができるのかと、関心が広がっていく。
講義の最終日、吃音にとても興味がもてた、吃音に強い言語聴覚士になりたいなどというふりかえりを書く学生がときどきいるのがうれしい。
昨年5月、新潟県で行われた日本コミュニケーション学会の、久保田功さんの発表はうれしかった。「吃音を治す、改善する」が言語聴覚士の仕事だと狭く考えず、二人の青年に誠実に取り組んだ実践報告に、「みんな、ちゃんと聞いておいてよ」と思いながら聞いていた。
「吃音は治らないから、難しいからと尻込みをする言語聴覚士が多いのは残念だ。どもる人の問題に目を向け、どうすれば軽減できるかを考えて援助をすることは言語聴覚士にとって大切な仕事だ。小児も成人も吃音を担当する言語聴覚士が増えてほしいと願っている」
発表の最後に言語聴覚士に強く訴えていた。
発表の後、手を挙げて、どもる当事者として感謝の気持ちを伝えたかったが、時間がなくて発言できなかったのは残念だった。そこで、終了後、そのことを久保田さんに伝え、「スタタリング・ナウ」で紹介していただけないかとお願いしたのだ。
「吃音症状の消失・改善」を至上命令のように感じているアメリカの臨床家にはできない、関わり方だ。タイプの違う二人の青年の就職に関して苦戦していることに関わり、誠実に、専門家として取り組んでいたのがうれしい。
感想をセルフヘルプグループの東野晃之さんに書いてもらった。久保田さんのような言語聴覚士が増え、個人的に関わる専門家と、セルフヘルプグループとの連携ができれば、日本の吃音臨床に明るい道が開けることだろう。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/03/11