第20回吃音親子サマーキャンプ~子どもたち自身が喜びをつかみとるキャンプ~

 2009年8月28・29・30日(金・土・日)、滋賀県彦根市の荒神山自然の家で、第20回吃音親子サマーキャンプが行われました。このときの参加者は、どもる子ども42人、どもる子どもの保護者44人、きょうだい13人、ことばの教室の担当者やスピーチセラピストなどの臨床家が17人、通常学級や支援学級の担任、学生などが12人、どもる成人が12人、合計140人でした。
 初参加者が多く、本を読んで、インターネットで検索して、吃音ホットラインに電話をして、ことばの教室の担当者に紹介されて、など参加経路もさまざまでした。8月の最終週なので、学校によっては、すでに2学期が始まっているところもあるようでした。新型インフルエンザの影響のキャンセルも含めると、160人近い申し込みがあり、問い合わせも入れると170人を超えていたと、記録にあります。
「スタタリング・ナウ」2009.11.29 NO.183 での報告を紹介します。

第20回吃音親子サマーキャンプ
~子どもたち自身が喜びをつかみとるキャンプ~
                            報告 溝口稚佳子

キャンプは、事前レッスンから始まった

 キャンプの大きな柱のひとつはお芝居。
 演出家の竹内敏晴さんの脚本・演出・構成という贅沢なお芝居をずっと続けている。これまでの脚本を集めたら、かなりの数になり、脚本集として1冊の本ができそうである。
 芝居は、竹内さんが、スタッフに、事前合宿で、演出し、指導をする。スタッフがそれを憶えておき、キャンプの初日に、子どもたちの前で演じる。子どもたちは、それを見て、この役がおもしろい、あの役をしてみたいなと思う。
 今年のキャンプの芝居のための事前レッスンは、6月20・21日、大阪で行われた。
 6月初め、膀胱がんが発見された竹内さんは、体調が悪い中、脚本を作って下さった。脚本が届いたのは、合宿の2日前だった。今年の芝居は、宮沢賢治の「雪わたり」だ。事前レッスンには、全国から23人が集まった。夜だけ顔を見せてくれた人もいる。もしかしたら、今年が、竹内さんの事前レッスンを受けることができる最後かもしれない、そんな思いが私にはあった。
 「雪わたり」は楽しかった。キックキックトントン、キックキックトントンと、竹内さんの魔法にかかったかのように、スタッフのひとりひとりがこぎつねになって弾んでいる。竹内さんが、うれしそうに柔らかい笑顔でみつめていた。これまでずっとこのサマーキャンプを大切に考えて下さっていた竹内さん。これが最後のレッスンかもしれないとの思いはさらに広がり、これまでのたくさんの劇が思い出される。子どもたちにも、声を出すことの楽しさ、からだが弾むことの喜び、そして、仲間と共にひとつの芝居を作り上げていくおもしろさを味わってほしいと思った。

そしてキャンプが始まった

 20回という節目のキャンプ。長年、キャンプにかかわっているスタッフにとっては、いつもとは違う思い入れがあったが、キャンプはいつものようにスタートした。
 開会のつどい。集会室に集まった参加者を紹介する。名前を呼んでその場で立ってもらうが、家族がそれぞれ別の場所で立ち上がるのがおもしろい。複数回参加している人なら、知り合いがいて、1年ぶりに会えた友だちと同じ場所に座って、一緒に来た家族と離れるということもあるかもしれないが、初めての参加者の中にも、子どもは子ども同士で、親は親同士で座っている家族がいる。名前を呼びながら、いつもこの現象を不思議だなあと思う。全体がもう最初からファミリーになっているのだ。
 続いて、出会いの広場。参加者がリラックスし、これから始まるキャンプに向けてのウォーミングアップになるようなプログラムである。今回は、千葉の渡邉美穂さんと高瀬景子さんが担当して下さった。20回キャンプにふさわしい○×クイズ、4つの窓、グループつくり(誕生月ごとに、集まったり、生まれた日が同じ人や同じ名前の人が集まるなど)と続く。最後に、同じ部屋に宿泊する者が集まって、その部屋の名前をみんなで言うというエクササイズがあった。ちょっとした連帯感と大きな声を出せたらいいと考えていた担当者の期待をはるかに超えるパフォーマンスが次々と繰り広げられた。動きはダイナミックで、おもしろい。初参加者が多いのに、これだけ表現できるとは、キャンプのもつ不思議な力なのかもしれない。

キャンプ20回目を振り返る

 20回目に思う。なぜここまで続いてきたのだろうか。なぜ続けることができたのだろうか。仕事ではないし、義務感でもない。この空間が好きだから、ここに集う人たちが好きだから、ここに流れる雰囲気が好きだから、ここに来るとなんか元気になるから、長くスタッフとして参加し続けている人たちはよくそう言う。
 たとえば、渡辺貴裕さん。最初の出会いは、竹内敏晴さんの大阪でのレッスンだった。まだ学生だった渡辺さんは、教育学を学んでいた。いろいろなキャンプにいくつか参加している、演劇にも関心をもつ人だった。伊藤の「キャンプ、おもしろいで。だまされたと思って参加してみて」のことばにのって参加して、もう10回参加してくれている常連のスタッフだ。吃音とはまったく関係がない。大学の教員になってからもこのキャンプを大切に思ってスケジュールに入れてくれている。子どもたちと作り上げる芝居に欠かせない。芝居作りの裏舞台を、子どもたちの生の声を拾いながら解説してくれた一文は、「演劇と教育」にも載り、「スタタリング・ナウ」(2007.1.20NO.149)でも紹介した。子どもたちに注がれる目は鋭く、やさしい。

 たとえば、長尾政毅さん。キャンプの卒業生でもある。同じようにどもる友だちに会いたい、そしていろんなことを話してみたい。純粋な気持ちで参加した小学4年生。自分ひとりではなかった、みんな同じように困り、悩み、そして工夫しながら真剣に生きていた。自分のことを自分のことばで話すことの大切さを知り、他者の体験に耳を傾けることを良き先輩から学び、高校3年生でキャンプを卒業した。毎年の作文教室で、彼の書く作文は変化をしていく。受け入れて、どもっていても平気だと思っていたが、思春期に入り、できるなら治したいと思い、また、いやこのままで大丈夫と思う。この変化を私たちは当然のこととして受け止め、それでも彼の基本となるものは揺るぎないと、信じて待っていた。社会人になった彼は、仕事が忙しい中、深夜になってでもキャンプにかけつけてくれる。

 たとえば、大阪スタタリングプロジェクトのメンバー。自分たちが小学生の頃にこんなキャンプがあったらなあ。こうして親子で、または家族でキャンプに来る子どもたちがなんかうらやましい。成人のどもる人からよくこんな感想を聞く。親にも誰にもどもりのことを相談できずに子ども時代を過ごした人は少なくない。そんな人たちにとって、親子で参加することになっているこのサマキャンは、うらやましいような、あこがれの存在なのだ。
 自分の体験を語って、何かお説教じみたことを言いたいのではない。自分が子ども時代に戻って、考えてみることができる。言語化してこなかった自分の気持ちを追体験してみることができる。わざとではなく、自然にどもりながら話したり、聞いたりする。それは、今、どもって悩みのまっただ中にいる子どもたちに、そうして生きることができることを伝える一番いい方法なのだ。
 子どもたちと一緒に芝居を作り、山に登り、カレーを食べ、スポーツをする。子どもの頃にできなかったことを、つまり、学童期のやり直しをしているのかもしれない。
 親の話を聞く経験も貴重だ。自分の親に聞くことができなかった親の気持ち。こんなふうに思っていてくれたのか、と再発見することもできる。改めて親への感謝の気持ちもわいてくる。

サマキャン再発見

 改めてサマーキャンプの魅力を考える。おそらくキャンプ史上初めてだと思うが、伊藤が参加者に向かって、キャンプの特徴と効果として話したことばを拾ってみる。

〈楽しさを与えるキャンプではなく、子どもたち自身が喜びをつかみとるキャンプ〉

 一般的に、キャンプというと、子どもたちに楽しみをいっぱい与えようと考える。このキャンプも、第1回から4回くらいまでは、子どもたちは普段ストレスを抱えて生きているのだから、楽しいキャンプをしようと主張するスタッフがいた。楽しいだけのキャンプなら、ほかにもあるし、僕たちがするからには、ちょっと困難なことに向き合い、何かに挑戦し、自分でもできたんだという思いをつかみとるようなキャンプにしたい。発想が違うため、実行委員会はいつもけんか腰で議論が白熱した。5回目から、発想が違う人たちと分かれて、自分たちの思い通りのキャンプをし始めた。今、その頃とスケジュールは全く変わっていない。話し合いをし、芝居をする。子どもたちも辛いと思う。友だちとしゃべっているときは、元気がいいのに、劇のシナリオを見たら言いにくい音があって、そこでどもって、しゅんとなってしまう。でも、そこから一歩踏み出さないといけない。ハードなキャンプであるにもかかわらず、子どもたちは、楽しかったと言い、また来ると言ってくれた。やはり、楽しさは与えられるものではなくて、じわじわと実感できるものではないだろうか。

〈ひとりひとりが主役〉

 与える側、与えられる側がいない。世話をする側とされる側の明確な区別がない。参加者は皆それぞれ自分が楽しんでいる。つまり、全員が主役で参加している。誰ひとり傍観者がいないキャンプだ。

〈リピーターが多く、新しく参加する人とのバランスがいい〉

 10年連続という人もいるくらいで、リピーターが多い。しかし、リピーターばかりでは馴れ合いになってしまう。リピーターと新しい人のバランスがとってもいい。親のグループも、子どものグループも、先輩がいて、自分たちが味わってきたことを後の人につないでいく。初参加の人とリピーターの人のバランスがとてもいいことがこのキャンプの特徴だと思う。

〈サバイバルを学び、考え方や価値観を変えていくきっかけになる〉

 話し合いでは、困ったときにどうするか、など具体的な話をする。キャンプに参加している間は楽しくても、終わって家に帰って、日常生活に出ていくと、困難な場面は待ち受けている。それに自分で向き合って、サバイバルしていく力を身につけてほしい。僕はこうした、私はこうしたと、みんながアイデアを出し合いながら、生きる力、生き延びる力、サバイバルしていく力を身につけてほしい。ひとりで考えているとどうしても堂々巡りになる。話し合いの中で、自分とは違う体験、自分とは違う考え方や価値観に出会う。そうか、そんなふうに考える人がいるのか、と考え方を知ることができる。今までなんとかしてどもりを治したい治したいと思って、どもりさえ治れば自分の人生はバラ色だと思っていた人が、どもったままでもいいんやという考え方の人に出会う。そんな考え方の人に出会って、今まで治そう治そうとばかり思って、治さなければ自分の人生はないとまで思い詰めてきだけれど、自分の考えてきたことはいったい何だったんだろうと思う。どもっていては絶対だめだと考えていたけれど、どもりながらこんなことをしている人もいると知ることで価値観を変えるきっかけになる。いろんな考え方の人に出会って、自分の考え方を少し幅広くする。変えてみる。価値観を変えていくきっかけになる。(つづく)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/02/26

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