大阪吃音教室

 毎週金曜日、いつもの時間に、いつもの場所に集まる、会い続ける、だから、ミーティングと呼ぶ。―こんなセルフヘルプグループの活動を、僕は60年間、続けてきました。もちろん、時間も場所も集まる人の顔ぶれも変化してきましたが、変わらないのは、セルフヘルプグループの活動の底に流れる、気持ち、情報、考え方の分かち合いです。お互いが対等な立場で、会い続け、話し合い続ける中で、大切な価値観が生まれ、多くの人が自分らしい生き方をしていく姿をたくさん見てきました。僕は、セルフヘルプグループが好きです。つくづくセルフヘルプグループ型の人間だなと思います。
 僕にとって大切なセルフヘルプグループ、大阪吃音教室での一コマを紹介します。
 大阪吃音教室は、今も、金曜日の午後6時45分から、大阪市中央区谷町2丁目のCANVAS大阪の2階で、開いています。
 「スタタリング・ナウ」2009.8.24 NO.180 より、まず巻頭言です。

  大阪吃音教室
                    日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 ひとりで悩み、苦しみ、絶望してきた人たちが、同じような体験をしている人々と出会い、これまで誰にも話せなかった、理解されないと思ってきた悩みや苦しみの体験、気持ちや情報や考え方を語り合い、自分らしく生きる道を探る場を、セルフヘルプグループという。簡単には癒えない心の傷や生きづらさ、治らない・治りにくい病気や障害だからセルフヘルプグループが必要なのだ。
 国際吃音連盟で、世界のどもる人のセルフヘルプグループの情報に接するにつけ、吃音のグループの難しさを思う。吃音が治らない現実に向き合っても、やはり吃音を治したい、治さなければならないと、効果を疑問視しながらも言語訓練に励むグループ。集まって吃音について話し合うだけのグループ。親睦を重視しているグループなど様々である。そして、それらのグループは、決してそのグループ活動に満足せず、どのような活動やミーティングができるか、常に迷い、探っている。
 どもる人のセルフヘルプグループの場合、グループの意義である気持ちの分かち合いは行われていても、体験、情報、考え方の分かち合いの部分が十分ではないグループが少なくない。特に、考え方、価値観の分かち合いは、ほとんどなされていないといっていい。
 吃音は自然に変化し、時に、治した、治ったという人がいるために、治ることへの諦めがつかず、どもる事実を認めた上での活動を徹底できないからだろう。吃音に対するとらえ方、価値観という軸足がしっかりしていないからだともいえる。
 私たちの大阪吃音教室は、吃音は治らないものとして、どもる事実を認めた上で、吃音教室を毎週開いている。世界でも極めて特異な存在だ。
 1987年から、今の大阪吃音教室のスタイルが確立した。それまでは、世界のセルフヘルプグループと同じように、言語訓練的なことと、吃音についての悩みを話し合う親睦が中心だった。それが、大きく変わったのは、第一回吃音問題研究国際大会がきっかけだった。
 私たちの、「吃音と共に生きる」主張は理解できるが、セルフヘルプグループのミーティングでどのようなプログラムを組むのかを提案すべきだと、どもる当事者だけでなく、吃音研究者、臨床家からも指摘された。その翌年から3年ほど大阪吃音教室は試行錯誤をくりかえしながら、現在の大阪吃音教室をみんなでつくりあげていった。
  ・吃音の正しい知識を持つための基礎講座
  ・コミュニケーション能力を高めるための講座
  ・よりよい人間関係をつくるための講座
 この3つを柱とする講座を、20名ほどの運営委員が入れ替わり立ち替わり進行・担当する。30年のベテランから、2年しかたっていない人、年齢も25歳から60歳を超える人、職業も、性格も楽天的で社交的な人や、繊細で物静かな人など様々である。一人一人が講座を担当するにあたって、いろいろな所に出かけて学んだり、書籍や資料で勉強して工夫をしている。担当をやり終えると、充実感が残り、担当を引き受けて良かったと思う。責任を分担することによってやる気も出、自分が分担した部分の内容の理解が深まる。また、準備を含む努力を、他人から認められて意欲が湧いてくる。これまでどもるため人前で話をするのが苦手で、できるだけ避けてきた自分でも、担当ができたということは、大きな自信につながる。また、同じどもる人がどもりながらも担当しているのを聞き、自分にもできるかもしれないと思うようになる。大阪吃音教室の参加者のこんな感想をもつ。
  ・個人の悩みに対応してくれた
  ・発言を強要されず、黙っていてもいい
  ・幅広い友人ができた
  ・明るく、楽しく、元気が出た
  ・吃音の知識がついた
  ・心理療法は職場や家庭で役立った
  ・吃音に対する考えや行動が変わった
 「治らないなら何もすることがないじゃないか」との私たちへの批判に対して、どもる事実を認めた上で、吃音について取り組むことはたくさんあると私たちは主張する。この大阪吃音教室の実践を記録として残すことが、私たちの責任だろう。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/02/12

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