吃音に関する「Demands and Capacities Model」について 2
水町俊郎さんの愛媛大学教育学部障害児教育研究室紀要から、吃音に関する「Demands and Capacities Model」について、を紹介しています。
「私は、スタタリング・ナウの愛読者ではなく、熟読者です」と言って笑っておられた水町さん。書籍や論文には、たくさんの付箋が貼られ、マーカーで色分けして書き込みをされていました。本当に真面目で、誠実な方でした。
昨日のつづきを紹介します。〈沈黙の申し合わせ〉ということばが何回も出てくるのが印象に残りました。
吃音に関する「Demands and Capacities Model」について
―吃音児指導のあり方の検討―
愛媛大学 水町俊郎
愛媛大学教育学部障害児教育研究室研究紀要第16号、1992年
Ⅲ アセスメントの方法
「アセスメントの方法」と、次項の「DCモデルによる吃音指導の実際」の内容は主として、1981年以来、アメリカのテンプル大学の吃音予防クリニックで実施されてきている、DCモデルに基づいた吃音児に対する臨床的実践に基づいている。
なお、DCモデルに基づく吃音指導法は、本格的な吃音にならないように、あるいは、より重度な吃音に進展しないように”予防”することを目的としたものであるから、主として就学前の幼児を対象としている。吃音予防クリニックで今までに取り扱った吃音児の年齢範囲は、2~3歳から7~12歳に及んでいるが、大部分は3~5歳の幼児であった。
1)アセスメントの手順
流暢にしゃべるための子どものCapacitiesと、それらのCapacitiesにプレッシャーをかけているかも知れないDemandsを評価する。
①電話による接触
親から電話による相談を受ける。クリニシャンは親の情報をもとに、その子が吃音か、そうなる危険性がある段階かのおおまかな判断を下す。判断の基準は、子どもに筋肉の緊張あるいはもがき行動があるかどうかである。もがき行動はみられないが、繰り返しが非常に多い場合は、吃音になる危険性のある段階と判断する。しかし、もがき行動がみられるようであれば、吃音の域に達していると判断するのである。
判断を下す場合の重要な指標は、親の不安レベルである。今のところ別に問題はないとしても、親が非常に心配しているケースも吃音になる危険性がある子どもとみなし、臨床の対象とする。
子どもの吃音はしばしば急激に悪化する。そこでクリニシャンは、電話による親との接触を情報の収集だけでなく、その情報を基に、親に適切なアドバイスをする。また、できるだけはやく、その親や子どもに直接会うように努力する。
②子どもが家族と遊ぶ場面の観察
できるだけ日常的で自然な状況の下で把握するために、クリニシャンはその子どもと親(時には、兄弟や祖父母も含む)とが一緒に遊ぶ場面を設定し、ワンサイドミラーやTVモニターを通して観察すると同時に、その様子をビデオに収録する。それに基づいて、子どものCapacitiesと、それに加えられているDemandsのアセスメントを行う。
③子どもの流暢性の直接的操作
子どもを家族から切り離し、家族の問題と思われたDemands(親の速すぎる話しかけ、子どもの話を途中で遮るなど)と正反対の対応を子どもにする。ゆっくりと話しかけ、最後までじっくりと聞く、流暢性を促進すると思われるような状況を実際に作ってみる。その子にとって流暢性を促進する状況の、どの要素が特に重要な意味を持っているのかを明らかにする。
子どもが吃音をどのていど意識し、どのように反応するかをチェックするために、子どもが理解可能な範囲内のことばで吃音のことを意図的に話題にし、子どもの反応をみる。
テンプル大学の吃音予防クリニックでは、クリニシャンが子どもに淡々と、「先生もときどき、スラスラとはおしゃべりができないことがあるのよ」と言ってみると、何人かの子どもたちは、「私もよ!」ど興奮ぎみに反応したり、家に帰って親に、「先生もスラスラとはおしゃべりできないことがあるってこと、知ってる?」と得意気に言った子もいたという。
このようなチェックを強調するのは、子どもが吃音を意識しているにもかかわらず、周囲があたかも、〈沈黙の申し合わせ〉をしているかのように吃音のことを話題にするのを意図的に避けることが、家庭内に大きな緊張をもたらしているというケースを数多く経験しているからである。
④親とのインタビュー
子どもの心身の発達の様子や家庭の状況、吃音の経過や、親の考え方などについて詳細な情報を集める。
・親は吃音の問題についてどのように語り、どのような非言語的反応を示すか。
・子どもの吃音の問題に最初に気づいた者は誰か。
・その後、その問題はどのような経過をたどってきているか。
・その問題を軽減するために、今までにどのようなことをしてきたか。
・その子はいつ、そして誰と一緒にいるときに、最も流暢、そして最も非流暢か。
・特定の場面、単語、語音を恐れることがあるか。
・吃音がどれだけその子の現在の生活の妨げになっていると親は感じ、将来はどうなると考えているか。
2)Capacitiesのアセスメント
①運動面のCapacitiesのアセスメント
○話す速度
沈黙や語の挿入を含む0.25秒以上の中断を除いた連続した流暢なスピーチの部分を基にして、1秒間あたりの音節数を算出し、話す速さの測度とする。
○吃音の程度
しゃべった語数の中に占める非流暢な語の割合、吃音頻度で表されることが多いが、ここでは、しゃべるのに要した総時間の中に占める非流暢なスピーチの時間の割合で表す。語の一部の繰り返し、引き延ばしなど、非流暢性のタイプ別に算出するという方法もある。
標準化されたデータが必要と思われる場合には、Stuttering Severity Instrument(Riley,1972)を用いる場合がある。これは、吃音頻度、スピーチの流れがブロックされる時間の長さ、および随伴運動の3つを総合して吃音の重症度を測定しようとするもので、欧米諸国ではよく用いられている測度である。
②言語面のCapacitiesのアセスメント
○語彙
表現語彙の多様性を測定する。しゃべった延べ語数に対して異なった語数が大きければ大きいほど、つまりこの比の値が大であるほど、語彙は豊かであるということになる。
○発話の長さ
発話の長さの平均を拍の数(モーラ数)で表す。拍の数え方は、俳句や川柳の五七五の数え方と同じである。例えば、「あすは日曜日です」という文章であれば、拍数は10ということになる。
③認知面のCapacitiesのアセスメント
一般的知能が何らかの意味で流暢性と関連する能力であるように思われているが、この点に関する文献は少しもない。認知能力のひとつの側面であるメタ言語的スキルにとくに関心を持っている。Andrewsetal.(1983)は、吃音は女児よりも男児の方に圧倒的に多く発生しているが、それは吃音になりやすい生来的な素質の差からきているのではなくて、吃音から早期に回復する能力という面での素質の差によると解釈できるという。そして特に、女児の方が男児に比べて早くメタ言語的スキルを発達させているということが、吃音からの早期の回復と深く関連しているのであろうと類推しているのである。
「子どもが、話す過程について述べる時に使うことばに注目している。メタ言語的スキルについて多くのことを明らかにしてくれるからである」
Starkweatheretaは、吃音児が自分の吃音をうまく処理できるように援助するために、吃音児にメタ言語的スキルを発達させるための指導を試みているとこう述べているが、その具体的な指導方法は記述されていない。ただ、彼らが吃音臨床の中で、吃音児が自分のことばの非流暢性に気づいているか否かについて調べたり、吃音児の前で意図的に吃音のことを話題にするように親を指導することに力を入れていることから類推すると、吃音児が自分の吃音をはっきりと認識し、それを話題にできるかどうかということをメタ言語的スキルということばで表現しているのかも知れない。
④情緒面のCapacitiesのアセスメント
○子どもの情緒の成熟
自立の程度、欲求の充足を先に延ばせるか、人と共有することができるか、泣き叫ぶことはないかなど。
○非流暢性に対する子どもの反応
子どもが自分の吃音を意識しているかどうかを調べる。クリニシャンが、「先生も、スラスラとはおしゃべりができないことがあるのよ」といって、子どもの反応をみる。
Starkweatherand(1990)は、3才に満たない子どもであっても自分の吃音を意識していることがあるといい、それにもかかわらず、周囲のおとながあたかも〈沈黙の申し合わせ〉をしているかのように、話題にすることを意識的に避けることが、その子を含めて家庭内に大きな緊張をもたらすとし、オープンにすることの必要性を強調している。
3)Demandsのアセスメント
①Motor Demandsのアセスメント
大人は吃音児に対して、非吃音児に対してよりも早口で話しかけている。親がもっとゆっくりと話すように訓練されると、その子の吃音が時には劇的に減少するといった研究結果などから、親の子どもに対する速い話しかけが、子どもにもっとすらすらと話すようにというプレッシャーとなっていることが推測できる。
ただここで問題なのは、親の話の絶対的な速度ではなくて、親の話す速度が子どものそれと比較してどれだけ速いのかという相対的速度なのである。Starkweather(1990)の経験によると、1秒あたり2.5音節以上の差があると、多くの子どもにとっては速く話すようにというプレッシャーになるし、その他に危険な徴候(たとえば、ことばの発達の遅れや情緒の未発達などを併せ持っている子どもにとっては、1秒あたり1音節の差であっても問題であるということである。ただ、これらの数値はあくまでも英語という特定の言語についてのものであり、日本語の場合にそのままあてはめることができないということは言うまでもない。
子どもにもっとすらすらと話すようにというプレッシャーとなる要因としては、以上のような、親の速すぎる話す速度の他に、以下のようにいろいろあるので、それらの要因の有無もチェックする必要がある。
・親が、子どもの話を途中で遮ったり、子どもが話し終えるや否やすぐに話し始める場合
・家庭内がせかせかして落ち着きがない場合
・親が子どもの吃音に対して、罰を与えることをはじめとして否定的な反応を示す場合
②Language Demandsのアセスメント
親の使うことばのレベルが高すぎると、流暢に話すための子どもの運動能力に過度の緊張をもたらすだろう。長いあるいは複雑な文章は、短くかつ単純な文章の場合よりも速く話すことが求められるからである。
基本的には語彙と発話の長さを測定し、言語面における親と子どものレベルの相違に注目する。
Starkweather(1990)は、レベルを下げて子どもに話しかけることは間違いだと考えて、大人に対する場合と同じレベルで話しかける親がいるが、これは子どもにとっては大きなDemandsになると述べている。
③Social Demandsのアセスメント
○子どもにとって社会的に過重な要求に関して二人の少年の例を挙げている。ひとつは、英語を話せない両親の通訳の役割を担わされた少年、もうひとつは、両親の夫婦喧嘩の仲裁役を自認している少年の例である。どちらの場合も、間違ったことをいうと大変なことになるかも知れないという意味で、かれらにとっては社会的に難しい状況である。これに注目することも有益なことであると述べている。
○Demand Speech
これは自分の意志で話すのではなくて、他人から強いられる状況下でのスピーチのことで、テンプル大学の吃音予防クリニックでは、次の4つの点からこの面のアセスメントを行っている。
・子どもとの対話の中に占める親の質問の割合
親子の50の対話サンプルの中で、親が子どもに質問している割合がどれだけかを算出する。比率が高いほど、子どもは自分の意志によるスピーチの場合よりも自由度の低いスピーチを強いられていることになる。
・対話中に相手の話を遮る割合
親が子どもが話している途中で遮ることがどの程度あるかをみる。それが再三あると、子どもは自分のペースで自分の言いたいことを自由に言うことが制限される結果となる。
・親の側からの対話開始の数
親子の対話が親主導で進められ、会話の焦点が頻繁に変えられると、子どものスピーチの自由度は低くなる。現に、子どもたちは話題がしばしば変わるような談話中によくどもりやすいという研究結果もある。
・暗唱させられたり、何かの出来事を説明させられる頻度
例えば詩を暗唱させられる場合、子どものスピーチの選択の自由度は極めて限定的となる。また、「動物園へ行った時のこと話して」などと求められると、子どもは説明口調で、順序よく、しばしば興奮を抑えて話すことが求められることになりプレッシャーを感じる。
「動物園、楽しかった?」というような問い掛けの方がよいだろう。その問いに対しては、「面白かったよ」と答えるだけで済むし、もっと詳しいことが頭に浮かんできたら、自分の意志で追加的な説明をすればよいからである。
以上のような周囲から求められるスピーチが子どもにとってプレッシャーになるか否かは、子どもの成熟のレベルとの関連で決まるものである。子どもの自信や社会的スキルに照らした場合の「Social Demandsの相対的困難性」と表現される。
④Emotional Demandsのアセスメント
吃音は、当然のことながら、親たちをとても情緒的にし、この情緒に基づいた親たちの行動は、子どもに対して流暢にしゃべるようにというプレッシャーとなる可能性が大である。
○子どもの吃音に対する親の否定的な非言語的反応
子どもがどもる時に親が、”固くなってじっと見つめる”、”視線をそらす”、”よそよそしい態度を示す”、”顔をそむける”などの行為を示すことは、望ましくない、悪い行動をしていると子どもにことばで言うよりももっと鮮明に告げていることになる。親の否定的な非言語的反応は、〈沈黙の申し合わせ〉が伴っていて問題をいっそう複雑にしている。これらを含めたアセスメントの必要性を強調している。
○子どもの吃音に対する親の否定的な言語的反応
親の情緒的な反応に由来する言語的反応もある。例えば、「多くの親は、子どもがどもった直後により速く話すようになる」、「どもっている子どもの話を途中で遮る傾向にある」などの研究結果が示されている。これらの反応は恐らく、親が子どもの吃音行動に対して持っている情緒的な反応に基づいたものであろう。当然のことながら、どもることを叱ったり、「もっと落ち着いて」といった干渉をすることもこの中に入る。
その他親の言語反応を分類、検討する方法もある。子どもに対する親の言語反応のそれぞれを肯定的なもの17項目と、否定的なもの18項目のうちのどれかに分類し、後の指導の際には、否定的な反応を肯定的な反応へ変える試みがなされる。
○家庭内の情緒的緊張
病気、夫婦の不和、他にも問題を持った兄弟がいる、などの不安定で情緒的な家庭の雰囲気は子どもの過敏性を高め、あらゆる微妙な運動協応をいっそう困難にする。そこで、家庭内の情緒的雰囲気をチェックする。
○ポジティブな情緒的興奮
Starkweather等(1990)は、誕生パーティー、祖父母の来訪、キャンプ旅行などの、子どもにポジティブな興奮を引き起こす状況は、恐怖や不安などのストレスに満ちた状況より以上に流暢性を破壊する要因になると述べ、しばしば両親に対して、興奮のレベルを下げるように指導しなければならない場合もあることを指摘している。(DCモデルによる吃音児指導の実際は次号)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/02/07