『どもる君へ いま伝えたいこと』(解放出版社)の書評紹介
昨日は、大阪日日新聞と産経新聞の記事を紹介しました。今日は、全国ことばを育む会と福岡県言語聴覚士会の、各ニュースレターでの紹介文を紹介します。
☆NPO法人・全国ことばを育む会『ことば』NO.241 (2008.10.28)
新刊紹介 『どもる君へいま伝えたいこと』 伊藤伸二著 解放出版社 1200円+税
小学校5年生から中学生に向けて、やさしく語りかける話し言葉で質問に答える形で書かれた本です。「どもり」という言葉を使っています。
著者自らの経験に基づいて、どもりについての考え方、自分とのつきあい方、友だちとのつきあい方について述べながら、前向きな生き方を方向付けてくれています。読む人は安心と勇気を感じることでしょう。
著者の伊藤伸二さんは、小学校2年生のとき吃音に強い劣等感を持ち、深く悩み、どもる人のセルプヘルプグループ・言友会を設立。大阪教育大学専任講師(言語障害児教育)を経て、現在伊藤伸二ことばの相談室主宰、言語聴覚士養成の専門学校5校で吃音の講義を担当されています。今年8月に千葉県ことばを育む会の保護者研修会では講師としてお話していただきました。
目次から抜粋すると
Q3 どうして私はどもるようになったのですか。私が弱いからですか。
Q7 どもりを治す方法にどんなものがありますか。
Ql3 友だちがどもっている私をからかいます。今はまだからかうぐらいだけど、いじめにあったらと思うと不安です。
Q16 お母さんは話すことに自信がないなら、ほかのことで自信をつけなさいと言います。何をしたら自信がつきますか。
Q21 ことばの教室はどんなところですか。
Qは全部で22あります。
伊藤さんは「どもるのも悩むのも弱いからじゃない」「弱いことは決して悪いことじゃない」と述べ、「弱さを自覚してる君はすてきだ」と応援のことばを書いています。
どもることに劣等感を持ち、深く悩みながら治す努力を続け、その後、どもりながら自分のことばを話すことを選んで「思いはどもりながら言っても、相手に伝わる」と実感された伊藤さん。「どもりは自然に変わる。ぼくが出会った人のほとんどは、その人の自己変化力によって自然に変わっていた。」と自分の経験や関わってきたさまざまな人の例なども示し、「どもりが治らなくても、自分なりの人生を豊かに生きることができる。」「どもっても大丈夫、何の問題もない。」と力強く述べています。
最後にあるメッセージ「君が幸せに生きるために」の中では「自分について知ること、どもりについて知ることは、幸せに生きるために必要なことなんだ」と述べ、どもる子どもが持つ長所・可能性を具体的に挙げています。
どもることも含めてありのままの自分を認めること、その自分の存在そのものに価値を見い出すことに軸を置く考え方は、大人の私たちにも日常の様々なことの中で忘れがちな大切なことを思い出させてくれます。
また、小学生の作文や大人が作った「どもりカルタ」、そして作家の重松清氏が書いた推薦文とメッセージ、演出家の竹内敏晴氏が書いた特別寄稿「自分の話し方を見つけるために」などを読んで、どもる人のさまざまな心情に寄り添うことができると思います。
小中学生のみならず、多くの方に読んでいただきたい本です。(「ことば」編集部・藤原育子) NPO法人・全国ことばを育む会『ことば』NO.241 (2008.10.28)
☆福岡県言語聴覚士会ニューズレター 2008年10月1日発行
お薦めの本「どもる君へ いま伝えたいこと」 伊藤伸二著
(序文:重松清、特別寄稿:竹内敏晴)
解放出版社、\1,200+税(10冊以上は\1,000)
「伊藤伸二」氏というと、言友会の創設者、吃音者宣言、国際吃音者連盟の設立に尽力、現在は「日本吃音臨床研究会」を主催、吃音親子サマーキャンプ等々、多くのことばが思い浮かびます。吃音関係の本も多数書かれていますので、一冊くらい読まれたことはあるのではないでしょうか。ただ、伊藤氏の[どもりは治らない。そこから出発する。」といったことばに反発を覚える人も多いようです。
私にとっては次の2つ点で決して無視できない存在であり、注目し続けていました。その一つは、私自身が吃音者であることからくる経験です。幼児期からどもり続け、民間の吃音矯正を受けたり、精神安定剤を飲まされたりしましたが、吃音が治ることはありませんでした。大きな転機は、中学生の時でした。福岡で初めてできたことばの教室の先生に何回か相談に乗ってもらい、最後に「君のどもりは治らないと思いなさい。治すのではなく、どもりを抱えながら生きていくこと、克服していくことを考えなさい。」と言われました。はじめは「治らない」ということばはショックでしたし、すぐに何かが変わったわけでもありません。大学に入った頃もまだ電話をかけることは怖くて怖くて、という状態でした。それでも、年を重ねるにつれて少しずつ、少しずつ変わっていきました。フッと気づくと自分がどもるということを忘れていることが多くなっていました。
もう一つは、吃音幼児の環境調整の際、親御さんに最初に伝えていくことは、「ゆっくり話してごらん」「落ち着いて」「息を吸って」などと、何とか治そうとしてやることが逆に吃音を進展させ、悪循環を引き起こしてしまうということです。「治そう」とすることからは出発しません。私の場合は、最初から「吃音は治らない」と宣言することはしないのですが、「お子さんが少しでも生き生きできるようにしていきましょう。治るか治らないかは結果です。それで治らなかったとしても、私のように言語聴覚士にはなれますよ。」とお伝えしていきます。
そうした私にとっては、単純に「治す」と言われる方がより抵抗があります。「治らない」と宣言することにもう一つ割り切れなさを覚えながらも、教えられることも多くありました。
さて、この「どもる君へ」は、「小学校5年生から、中学生を頭に置いて」となっていますが、こども向けどころか、伊藤氏がこれまで「吃音」について考えてきたことのエッセンスが限られたページ数の中に凝縮されています。そして、何よりもわかりやすく丁寧に書かれています。
「治らない」ということについては、「21歳の秋、ぼくは治すことをあきらめ、どもりと向き合い、どもりながら生きようと決めた。『どもっても、まあいいか』と、どもる事実を認める『ゼロの地点』に立った。小学2年生の秋、『どもりは悪いもの、劣ったもの、恥ずかしいもの』とマイナスの意味づけをしたときから、ぼくの苦悩の人生が始まったのだから、プラスでもマイナスでもない、ゼロの地点に立つ必要があった。君も、ここが出発点だ。」と述べています。
さらに、「自己変化力」「どもりは自然に変わる」ということについて、「自然なものだから、変わる程度も違い、なかにはぜんぜん変わらない人もいる。だけど、考え方や行動が変わり、どもりにあまり悩まなくなり、どもりの問題が小さくなれば変わったことだね。」とわかりやすく書かれています。
「治らない」ということばを、「今あるがままの自分を認めること」といったことばにすれば受け入れやすいのかもしれません。しかし、吃音は治る、治すべきという強い圧力の中では、いったん「治らない」と思い定めることでしかゼロの地点に立てないという想いがあるのでしょう。そして、その地点に立つことで自己変化力が働き始める…。私は自分の胸にストンと落ちてくるものがありました。
吃音関係では、昨年はバリー・ギターの「吃音の基礎と臨床 統合的アプローチ」が出版されました。しかし、伊藤氏が指摘するように、これは本当に新しいことなのか?「自己変化力」の観点から、もう一度謙虚に考えてみる必要があると思います。
そうした意味を含めて、私たち言語聴覚士にとっても必読の一冊だと考えます。[久保健彦]
福岡県言語聴覚士会ニューズレター 2008年10月1日発行
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/01/31

