NHK『きらっといきる』 第377回  2008年11月7日放送

 掛田さんを中心にして、大阪吃音教室の様子が放送されました。掛田さんの小学校の教室や大阪吃音教室の風景が、VTRで紹介されました。映像を文字で紹介するには、限界がありますが、出演した仲間の感想と合わせて紹介します。また、多くの方から電話や、メール、手紙をいただきました。その中から、弁護士の坂本秀徳さんの体験を、明日、紹介します。(「スタタリング・ナウ」2009.2.22 NO.174)

いま みんなに伝えたいこと

        ~吃音・掛田力哉さん~
【小学校教諭・掛田力哉さん】
〈VTR:掛田さんの教室〉
ナレーター:大阪、高槻市の小学校です。6年1組の担任、掛田力哉さん。今回の主人公です。黒板に書かれたこんな詩から、授業は始まりました。

  ありがとうさえ 言えない
  わが身の うらめしさ
  笑顔をせめて 思いにかえて

掛田:なんでこの人は、ありがとうが言えないんでしょうか? なにか理由が思いつきますか?
児童たち:しゃべれない。耳が聞こえない。
掛田:こういうことばをみなさん聞いたことがありますかね? 実はね、この詩を書いた人はね、”吃音”っていうことばの問題があるんです。たとえば、声がのどもとで、「んっ」と、つまって、「ありがとう」って言いたいんだけど、のどのとこで、「あ」の音がきゅっとつまってしまったりとか。ときどき、テレビでも、「かっかっかっかっ…」と言ってる人いますね。なんとなく、「あ、おかしいな」とか思ったりすることもあるかもしれません。でも、その人たちは、いくら言おうと思っても、できないんだ。言いたくても言えない。実は、この詩を書いた人は誰かというと、28歳の時の先生です。
児童たち:え~。なにそれ? 先生、しゃべれるじゃない。
掛田:みなさんは知ってるか知らないかわからないですけど、先生も実は、吃音です。普段はこうやって、べらべらしゃべってるからわからないかもしれないけど、今でも先生はね、どもるんです。
ナレーター:自分は吃音で悩んできた。掛田さんはこの日初めて子どもたちに話しました。掛田先生は何を伝えたくて、この授業を始めたのでしょうか。今回は、吃音のある人たちの思いに耳を傾けます。

【人それぞれ違う吃音】
小林:スタジオに、掛田力哉さんに来ていただきました。吃音には、はっきりとした定義がなく、厚生労働省が定める、いわゆる障害にはあてはまりません。大きな特徴として、何か話そうとするときに、同じ音を繰り返したり、引きのばしたり、ことばがつまって出なかったりすることがあります。こういった特徴が著しく出ることで、なかなか会話が進まず、話さなくなるなど、なによりも本人がそのことを不安に感じたり、悩んだりして、コミュニケーションを避けてしまう、そんな状態になることをいいます。
ジェフ:掛田さんは教室の中では非常にスムーズに話されていた。相手によって、吃音が出たり出なかったり、または状況によって…ってあるんですか?
掛田:ありますね。私は、こうやって多くの人の前でしゃべったりすることは、すごく緊張してるので、意外と出ないんですよ。私は初対面の場合。だんだん仲良くなってきて、楽しい会話してるときに、ふとこう、どもってしまって、相手が「あれ?」ってびっくりする姿をみて、ああ…!って吃音が出たことにはずかしくなる。
牧口:そうかー。僕、逆だと思ってました。
掛田:人によると思います。今、吃音の人たちと話をしていて、そこではじめて知ったのは、ほんとにみんな、違うんですよ。人前に立つと吃音が出るっていう人もいます。自分はどもる、ことばが出なくて普段困ることがいっぱいあるなって思っていて、それとつきあって生きてるんだったら、吃音者ということになるのかなって思うんです。

【悩み続けた少年時代】
ナレーター:掛田さんは、吃音が治ったわけではないと言います。普段あまり目立たないのは、いろいろな工夫が身についたから。たとえば、授業中、あることばにつまりそうになった時には、別のことばに言い換えます。プリントを見ながら、考えているふりをして、一呼吸おきます。間をとるためです。
 子どもの頃は、工夫の仕方がわからなかったため、何か言おうとしてもことばにつまって言えなくなることが、たびたびあったと言います。
 小学校の低学年の時。つっかえつっかえ、なんとか発表した後、クラスメートがこう言いました。「お前の言っていることは、ぜんぜん分からなかった」。
 次第に、掛田さんは、教室の中で話さなくなっていきました。小学校4年の通知表に書かれた、担任のことばです。
 「学級の友人がほとんどなく、自分から一人になりたがっています」。
 吃音があることを知られたくない。小学校から高校までを暗黒時代のようだったと振り返る掛田さん。コンプレックスから抜け出すきっかけをつかんだのは、あるグループと出会ったからです。

【悩みを相談し合える場・大阪吃音教室】
〈VTR:大阪吃音教室〉
ナレーター:大阪市内で、もう40年以上続いている、吃音がある人たちの集まりです。
 中心になって会を運営している一人、伊藤伸二さん。若い頃、一人で吃音に悩み続けた経験がもとになり、グループを作りました。
 この日、参加したメンバーは、およそ20人。大学生も、サラリーマンも、専業主婦も、もうリタイアした人も…。仲間同士なら、外では言えない悩みや思いを打ち明けることができます。この日の話題のひとつは、あるメンバーの悩みについて。勤め先の朝礼で、社訓を読む当番に当たりそうだというのです。当たった時どうするかの話の中で、立ち往生することが話題になりました。
伊藤:立ち往生したことある?
掛田:やっぱり電話が一番ですけども、全く声が出なくなって、もうほんとに、どうにもこうにもならなくなったことは何度もあります。そのとき、どうしたかな。なんとかかんとか、ことばにつまりながらやったんですけど。あとは、一回受話器を離して、深呼吸を「はあっ」とやって話したりとか。
藤岡:堤野くんが、すごくどもった時に、社長さんがパソコンのメモ帳を立ち上げて、これに書けと言われたという話を思い出して、紙に書くというのもありかなあ。
堤野:立ち往生したら手でバツ印をつくって合図をするから、ほかの人に出てきてと頼む。
伊藤:人に頼むこともありだよね。
小林:スタジオには、吃音教室のみなさんにも来ていただきました。溜彩美さん、堤野瑛一さん、藤岡千恵さんです。
 吃音が出る時、出ない時は、人によって違うという話だったんですけど、吃音教室で発言されたときの溜さんは、出ている状態でしたよね?
溜:ひどいですね。もう、強行突破もいいところで、すごい、いやだな、隠したいなとかって思いつつも、隠せない、みたいな。
藤岡:私がいちばんしている工夫というか、自然に身についた術は、言い換えですね、やっぱり。たとえば、私は昔から、か行と、た行が絶対だめで、「たまご」って言うときに、「たたた」となって、もう言えないことがわかってるときは、「エッグ」って言ったりとか、瞬時に切り替えたりしてます。

【掛田さんの授業、素直に言い合えるクラスにしたい】
〈VTR:掛田さんの教室〉
ナレーター:掛田さんが、子どもたちに自分の吃音のことを語った授業。その後、どんなふうに授業は続いたのでしょうか?
掛田:もし、吃音があったらできない仕事って、たとえばどんな仕事がありますか?
児童たち:ナレーター。アナウンサー。
掛田:できない仕事がいっぱいありそうな気がするでしょ?ところがね、実はね、吃音があって、アナウンサーをしているもいます、芸能人もいっぱいいます。
ナレーター:吃音についてのイメージを訂正したあと、掛田さんは子どもたちにこんなことを呼びかけました。「安心して自分を伝える方法を教えてほしい」。
掛田:先生も知りたいし、みんなにもそれを伝えてほしいわけです。
ナレーター:こういう展開にしたのは、わけがありました。苦手なことを、一人一人に書いてもらった時、「みんなの前で話すこと」と書いた子が、何人かいたのです。
掛田:特に先生は、その気持ち、よくわかるの。ね、だって僕も、ずっと長いこと吃音を知られたくなかったの。隠してた。でもね、大人になってね、「ああ、失敗したな」って…。言えばよかったの。もっと早く、自分がどもるってこと言ってね、「苦手なんだ」って言ったらよかったなーって、すごく後悔してる。
ナレーター:言いたいのに言えないつらさは、自分が一番、知っている。できるなら、思ったことを素直に言い合えるクラスにしたい。その一歩が、今日の授業です。クラスにどんなルールがあれば、安心して、意見が言えるか。授業の終わりに、一人一人が書きました。
 言えない理由はそれぞれ違うので、ルールもまた違います。2学期いっぱいかけて、クラスのみんなで共有したいと考えています。

【ゲストの、これだけは言いたい】
掛田:すらすらしゃべるとか、流暢によどみなくしゃべるということは、絶対人間の価値とは関係ない。それを今、自分が一番感じていることなんです。本当にそれは、声を大にして言いたいです。
溜:私は、「どもってないからいいじゃない」って言われることもあるんですけども、そういうふうに言われると、「どもっている私はだめ」っていうふうに思うので。そういうふうな気持ちが、相手にあるかないか別にして、どもりは私の一面やから、それをなんか否定されている感じがして、そんなふうに言われるのがいやですね。
堤野:あたかも普通の人かのようなフリをしてね、ずっと生きてきましたけど、なんていうか、自分自身を生きてる感じがしないですよね。なんかこう、世間でよしとされているものを、無理やり自分にあてはめて生きているというか。それよりも僕は、もう自分をどもる人間やと認めて、どもりながら、時々、どもりで悔しい思いもしながら、生きていくほうが、絶対に豊かな人生になると思うので。
藤岡:大阪吃音教室は、「どもってる自分でいいじゃない」っていう考えなんです。で、そこに来てる人たちも、そういう考えの人がたくさんいて、実際にどもりながらしゃべってるし、一生懸命伝えてるし、どもりながら楽しく仕事もしてるって話もいっぱい聞いて、その、どもりながら生きるっていうのを、すごく肌で感じることができたんですね。
 掛田さんの授業にもあったように、安心して自分を伝えられる場所だとか、人っていうのを持ってることがすごく大事なことで、私もそういう人たちに支えられて、そういう人たちの姿を見て変わってきたので、もう大丈夫って思えます。

◇取材を受け、スタジオ出演した感想◇
《掛田力哉》
 全然「きらっと」生きていない自分が番組出演の話をもらい、戸惑い、悩んだ。
 「ありのままでいい」と背中を押され引き受けたものの、撮影は予想以上のプレッシャーだった。授業もクラス経営も全然うまくいっていない自分が、「吃音を伝える素晴らしい先生」のように放映されたのでは、嘘をつくことになる。
 しかし、撮影を通して、職場で「吃音」ということばが日常的に飛び交うようになったり、子どもたちの新しい一面が見えたりするうちに、何か不思議な喜びを感じるようにもなっていた。それは、自分が「吃音である」ことを再確認できた感覚でもあり、それを皆が知ってくれている驚きによるものでもあった。
 番組放映後、「吃音」のことがよくクラスの話題になるようになった。「先生、奥さんとどこで出会ったの?」「吃音のキャンプだよ」「エー!奥さんも吃音なの!」「違うの。奥さんは吃音じゃなかったの」「へー。でも吃音のキャンプで、みんなカッ、カッ、とかしゃべっているの…?」「先生、土曜日野球の試合で審判してたおじさん、吃音やったで」「ほんと!100人に一人はいると言われているんだよ・・」などなど。親からも反応をたくさんいただいた。勤務校の子どもたち、親たちだけでも、あの瞬間「どもり」について、少しは一所懸命考えてくれたのかな、と思うと、本当にうれしくありがたく思うようになった。
 子どもたちは皆、必死に自分の居場所を探している。いじらしいような、切ないような、胸が締め付けられるような思いを感じ、自分の責任の大きさを痛感させられる。自分には荷の重すぎる職に就いてしまったと逃げ出したくなることもあるが、できるところまでやっていこうと思うようになった。こんな私を出演させて下さった方々に、心から感謝している。

《堤野瑛一》
 番組への出演依頼を受けたとき、とまどった。一端の社会人として、全然地に足もついておらず、小出しに、小心翼々と生きている僕が、学校教員として”どもりを生きている”掛田力哉さん主役の、しかも『きらっといきる』なんていう名の番組に映ることに、引け目を感じたからだ。
 それでも、声をかけていただいたのだから、ただ訊かれることに率直に答えようと、不安をかかえつつも、収録当日を迎えた。
 いざ、収録が始まってみると、時間が進むにつれ、あれもこれも話さなければと、曲がりなりにも欲が出てくるが、そうこうしているうちに、なにか不全感を残したまま、収録は終了した。
 後日、できあがった番組を観て、30分という枠で、「吃音」を伝えることの難しさを思った。やや、誤解を招くのではと不安を感じる部分もある。
 ただ、放送された番組内で、自分の話していたのは、たかだか2、3分だったが、案外自分は、伝えたかった内容を、その短時間で話し切っていると思った。僕の吃音体験から伝えられることは、集約すれば、たったの3分で表現できる。べらべらと余計なことを話さなくてよかったと思い、収録後に不全感をもった自分を、恥ずかしく思った。
 番組の最後で、出演した4人が順に語ったひとことは、それぞれがその人らしく真摯で、また、より多くの人に届いてほしいメッセージだ。

《溜彩美》
 お話をいただいた時、「なぜ、私が?」と思い正直戸惑った。掛田さんが主役の番組に、大阪吃音教室のメンバーも入れたいとのことだったが、感情的にしゃべることが大いにある私は、とりあえず感情的にならないように、話の流れを考えることに努めることを考えて収録に向かった。スタジオ収録前の吃音教室での収録で思いっきりどもっていたこともあり、半ば本気のような口調で「溜さんは、思いっきりどもること」と課題を与えられたけれど、収録中私はどもってないと思っていたので、収録直後は持たなくてもいい罪悪感に苛まれていた。が、放送を観ると思った以上につっかえていた。又、収録中は流れに沿った話ができていないと思っていたので、”どうせ使われる部分は少ないけれど、顔と名前くらいは出るし、「最後の一言」だけは言いたいと思っていたことを言えたし、それさえ放送されたらで十分”と思っていたが、実際にみると思っていた以上に自分の話が放送されていてびっくりした。その「最後の一言」でさえ、放送されるまで、とんちんかんなことを言ったかなと思いつつも、「具体的な話でよかった」「自分にできる精一杯のことをした」と思い直したりと、気持ちが入り乱れていた。が、実際放送をみると、とんちんかんじゃないと自分で感じたし、掛田さんの話とリンクしてると、少しも考えもしなかった感想をきいたりして、確かにそうかもと納得できた。全国ネットでどもりを公表した今、少しでもラクになる環境が増えたらいいなあと思う。

《藤岡千恵》
 この番組を観て「どもりを治さなくてもいい」という考えがあること、「どもったままで自分らしく生きている人間がいる」ことを一人でも多くの人に知ってもらえたらいいな、と感じている。30分という短い時間の中で、4人それぞれのことばで、そのことを伝えられたことが良かった。
 私のもうひとつの収穫は大阪吃音教室の良さを多くの人が感じてくれたことだ。番組を観た友人知人から嬉しい反響をたくさんもらった。
 私は、自分たちの姿勢が他人の心にスーっと届く経験を今回初めて味わった。
 どもりながら生きている私たちの姿勢を見てもらうだけでも、何かを感じてもらえるという自信が持てた良い経験だった。(「スタタリング・ナウ」2009.2.22 NO.174)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/01/21

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