どもる人の就職面接

 ちょうど16年前の「スタタリング・ナウ」 2009.1.20 NO.173 の巻頭言を紹介します。
今はもっと早くから就職活動は始まっているのでしょうか。いつの時代も、名前など、決まり切ったことばが言えないどもる人にとって、面接は大きなハードルです。それでも、自分のしたい仕事、好きな仕事に向かってチャレンジしてほしいと願っています。
 明日、東京に行きます。三連休のはじめの2日間は、仲間のことばの教室担当者たちとの合宿です。今年のテーマである「非認知能力」について整理し、夏の吃音講習会でどう提案していくか、話し合います。今年の公式活動のスタートです。最終日は、毎年恒例の東京でのワークショップです。今年も、初めて出会う人の参加もあり、楽しみです。朝から晩までのハードなスケジュールなので、この間、ブログの更新は難しいと思います。

どもる人の就職面接
                  日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 今年も成人式の騒ぎの様子と同時に、成人した人の意識調査結果をある報道機関が報じていた。注目すべきは意識調査だ。将来への漠然とした不安があるのは当然としても、老後の不安や職に就けるかどうかの不安が大きいことには驚いた。
 56パーセントの新成人が就職に不安をもっているというのは、極めて異常な数値だといえるだろう。金融不安から雇用不安への流れにある経済危機の真っ只中の今年の特徴だと思いたい。アメリカの自由主義経済の真似をして、アメリカ政府の要求のままに規制緩和を繰り返してきた日本の政治は、今後も若者から夢や希望をどんどん奪っていくのだろうか。この流れは変えなくてはならない。
 45年も前の私の成人式のころ。多くの若者は、老後の不安を意識することなく、それなりの夢や希望をもっていただろうと思う。
 そのような時代にあっても私は、老後の不安こそ考えは到らなかったが、職に就けるだろうかには大きな不安をもっていた。三重県の津市から大阪に出て、新聞配達をしながら大学受験の浪人生活を送っていた私は、ひとりぼっちで成人式に出た。華やかな周りの人を見ながら、とてもみじめで、大きな不安にいたたまれなくなったことを、今でも鮮明に思い出すことができる。
 吃音に深く悩んでいた、成人式を迎えた当時の私には、自分の名前がスラスラと言えない、電話ができない人間が、仕事に就いて、電話や会議で話している姿などまったく想像できなかった。
 その後、どもる人のセルフヘルプグループを作り、活動する中で、吃音と向き合い、吃音とつきあうことを学んでいった。そこで私を勇気づけたのは、どもりながらも納得できる自分の人生を生きている生きた見本との出会いだった。将来への不安は解消されたものの、まだ社会人として生きていく確たる自信はなかなかもてなかった。
 自分では意識してはいなかったが、無意識の中では就職活動が恐くて、大学に居続けたのではないだろうか。私が大阪教育大学の専任教員として就職した時にはもう、30歳になっていた。
 就職は長い人生のいくつかの関門の中でも、すべての人々にとって極めて大きな関門だ。今年のように、経済危機の時代にあってはなおさらのことだろう。
 就職活動の中心は面接試験だ。今では、私たちの時代にはなかった面接のマニュアル本があり、高校、大学においても面接の実戦訓練がなされている。どもらない人にとっても、就職の際の面接試験は大きな壁としてたちはだかる。まして、自分の名前がどもってなかなかなか出てこないというどもる人には、ハードルはかなり高い。
 就職活動の経験のない私が、就職の面接に臨む人たちに提案をしても説得力がないのだが、その後たくさんの若い人たちの就職活動の相談にのったり、多くの仲間の仕事ぶりを見聞きして考えてきたことから、ひとつのことだけは、確信をもって提案ができる。
 「吃音としっかり向き合い、どもる事実を認める」
 吃音治療法がない現実にあっては、どもることを嘆き、治ること・改善することを願い、努力することよりも、吃音と向き合い、どもる事実を認めて、吃音とともに生きる覚悟を決めた方がいい。経済危機のこんな大変な時代だからこそよけいにその覚悟が必要なのだと思う。
 アメリカの、実際の経済状態以上の消費生活が破綻し、身の丈にあった生活に転換せざるを得ない状況から、私たちが学べることは少なくない。
 うわべの、スムーズな話し方にあこがれるのではなく、どもりながら、誠実に表現する「自分のことば」をもちたい。そして、それは必ず相手に伝わるのだという信頼は失わずに生きたい。
 どもる人が吃音に悩み、吃音と向き合う中で、困難に直面する態度が養われる。その中で育まれた真面目さ、真剣さ、謙虚さは、これからの社会を変えていく原動力になるだろう。
 今年の「ことば文学賞」の受賞作は、3作ともに、そのことを伝えようとしている。(「スタタリング・ナウ」2009.1.20 NO.173)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/01/10

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