共同体感覚
アドラー心理学のキー概念である「共同体感覚」。これに出会ったとき、僕は、僕自身の経験の意味づけがきれいにできたことに驚きました。大切にしてきた、「あなたはあなたのままでいい あなたはひとりではない あなたには力がある」のメッセージとも、ぴたっと結びつきました。僕は、この「共同体感覚」を持てないまま、21歳まで生きました。僕と同じように、「共同体感覚」を持てず、生きづらさを抱えている人は少なくないでしょう。どもる子どもが「共同体感覚」を持って生きてほしい、親やことばの教室担当者は、この「共同体感覚」を持てる子どもに育ててほしい、そう願っています。
「スタタリング・ナウ」2008.12.23NO.172 の巻頭言、「共同体感覚」を紹介します。
共同体感覚
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
「私は共同体の一員である。共同体は私を援助してくれる。私はその共同体に貢献できる」
アドラー心理学のキー概念である、共同体感覚の育成は、どもる子どもにとってきわめて重要である。私はこの共同体感覚がもてなかったために、小学2年生の秋から21歳の夏まで吃音に苦しんだ。また、アドラー心理学では、10歳前後に、自分はこう生きるという「ライフスタイル」を身につけるのだともいう。
まさに私は、そのころに身につけた「ライフスタイル」にそって21歳まで生きてきた。そして、そのライフスタイルを変えることができたのは、アドラー心理学のいうところの共同体感覚を、どもる仲間と出会うことで体験できたからだと思う。
なぜ、吃音にとって共同体感覚が重要な意味をもつのか。吃音は聞き手の存在によって成り立つものだからである。どもる子どもが、学校生活の中で、私はこの学校の仲間の一員であり、仲間は私の味方だと感じることができれば、どもる自分を認め、どもりながら話すことができる。しかし、どもる私をみんなが笑い、からかう存在でしかないと考えれば、どもることを隠し、話すことを避けようとするだろう。いくら「どもっていい」と言われても、どもれるものではないのだ。
私が吃音親子サマーキャンプで、子どもたちに送り続けてきた三つのメッセージは、共同体感覚の育成だったことになる。共同体感覚の育成に必要なものとして挙げられる《自己肯定》《他者信頼》《他者貢献》は、私のことばと結びつく。
あなたはあなたのままでいい 自己肯定
あなたはひとりではない 他者信頼
あなたには力がある 他者貢献
吃音ショートコースの重要なプログラムのひとつに発表の広場がある。その発表の広場で、初めてどもる子どもが発表をした。島根県から毎年母と一緒に参加している佐々木大輔君だ。
彼は昨年、来年は「研究発表」をすると予告をしていた。どのように自分の吃音体験を話すのか楽しみにしていたが、内容は自分の体験を元にした、彼のことば通り、研究発表と言えるような内容だった。小学入学前から吃音ショートコースに参加し、内容が分からないままに、私たちと同じ空間にいた彼は、私たちを仲間としてとらえ、また、私たちもひとりの仲間の参加としてとらえていた。その中で彼が考えてきたことが、アドラー心理学で言う、「共同体感覚」の育成だったのだ。
〈自己肯定〉
彼は「どもりは治らない」と母親や私たちから教えられたことがよかったという。もし、アメリカのバリー・ギターの統合的なアプローチを教えられたら、治らない現実に向き合って、なぜ治らないのだと、自分を否定するあり地獄に陥るだろうと言っている。そして、どもる自分の話し方を否定せず、どもるのが本当の自分の話し方だといい、どもって話せることは心地よいとまで言う。
〈他者信頼〉
君は大切な私たちの仲間だと、母親から対等な仲間として大切にされた彼は、私たち大人の中にすっと入ってきた。子どもの参加が彼以外にはない中で、物怖じせずに参加していた。社会は自分の敵ではない。信頼することができるという感覚がベースに根づいている。それは吃音親子サマーキャンプや島根スタタリングフォーラムに参加し続け、「わたしはひとりではない」と実感し、仲間と共にいることのうれしさ、素晴らしさを知っているからだ。だから、現実には、差別をしたり、他者を理解しようとしない人の存在を認めつつも、ふたりの同級生の話を紹介し、違いを認め、理解し合うことの大切さを訴えている。
〈他者貢献〉
吃音を通して考え、学んで来たことが彼に力を与えた。福沢諭吉の『学問のすすめ』を紹介しながら、暮らしやすい社会をつくろうと呼びかけている。自らが学校生活で、さらには社会に対して貢献していこうという意欲がうかがえる。
彼の発表から吃音のもつ力を感じたのだった。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/01/08