2024年、お読みいただき、ありがとうございました。

 2024年も残り2時間ほどとなりました。僕の今年を漢字一文字で表すと、「痛」です。脊柱管狭窄症からくる腰痛にはかなり痛められました。それでも、「吃音と向き合い、吃音を語り合う伊藤伸二・吃音ワークショップin東京」、「親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会」、「吃音親子サマーキャンプ」、「新・吃音ショートコース」、その他千葉や島根の吃音キャンプ、研修会、相談会、学習会など、イベントにはフル参加できたのですから、いい1年でした。
 来年の吃音講習会では「非認知能力」をテーマに考えます。その話題もぼちぼち掲載したいと考えていますが、これまでの「スタタリング・ナウ」の紹介を続けます。
 さて、今年の最後は、昨日のつづきで、「スタタリング・ナウ」2008.9.22 NO.169から紹介します。
 「民間の吃音吃音矯正所再考」と題する文章を掲載しています。

  民間吃音矯正所再考
 民間吃音矯正所で吃音が治らなかった人たちと私は、1965年セルフヘルプグループを設立した。だから、民間吃音矯正所の言語訓練法に反発こそすれ評価することはなかった。しかし、アメリカやオーストラリアなどで、最新と言う言語訓練方法が紹介されて、みなおした。現代の、高額な横隔膜バンドなどを販売する悪質業者と比べ、かつての民問吃音矯正所は、どもる人への愛情があり良心的であったと思えるからだ。また、あまり効果がなかったとは言え、言語訓練方法も決して的はずれではなかったようだ。医学や科学の驚異的な進歩に比べ、1903年から始まった日本の治療方法とほとんど変わらない吃音治療の100年は何なのだろう。
 楽石社の方法と、私が経験した東京正生学院と中央吃音学校の方法を紹介する。

『3週間で必ず全治するドモリの正しい治し方』
                    中央吃音学院校長 浜本正之
                    昭和33年3月5日発行 文芸社 教訓
 ドモリ矯正の虎の巻
まず態度
口を開いて 息吸って
母音をつけて 軽く言うこと

 これまでに、正しい声の出し方について、いろいろと注意して来ましたが、私はそれらを全部まとめて三十一文字の中によみこんでみました。それを教訓として上に掲げてみましょう。
この教訓は応用練習の間ばかりでなく、実際に話すときにも絶対に忘れてはならないものですから、よく心に銘じて下さい。
 なおこの教訓は、中央吃音学校の象徴とも言うべき私の苦心の作ですから、本校以外の者がみだりに職業的指導のために利用することを許しません。参考までにこの教訓の説明をしてみましょう。
 皆さんはもうよくおわかりでしょうが、一番大事なことですから念を入れて繰り返して述べます。
 先ず―まっさきに、何よりも、第一に態度―練習のときも、実際に話すとき、歩きながらでも、立っているとき、腰をかけているとき、坐っているとき、すべてどっしりと落付いて、心身の緊張をぬき物に動じない心掛けが大切です。前かがみになることが一番いけません。背を真直ぐにのばしましょう。この意味でドモリ矯正中は胡座をかくことは禁物です。先生にさされたときも、人に話しかけられたときも、あわてずに心を静めて答えましょう。基礎練習や応用練習の時に、目をつぶって深い腹式呼吸をし、雑念を打ち去っていう習慣を付けて下さい。
 口を開いて―口は声の出入口ですから、必ず開いて息を吸い、良く動かしながら話すことです。
 息吸うて―声をだすためには、息を吸わねばなりません。のどや肩や胸を楽にし、腹をふくらませながら、静かに吸って下さい。
 母音をつけて軽く言うこと―軽く言いはじめて母韻をつけて下さい。歌を歌うときには「キーミーガーアーヨーオーワー」を長くのばしますからどもらないのです。この理から、言葉のときにも総ての子音に母韻を付けて話すこと、即ち声帯をしめっけないようにすることが大切です、歌のように、母韻を長く引いたり、節を付けるという意味ではありません。(P131~P133)

 浜本正之さんのこの本は、私にとって忘れられない、初めて吃音に取り組んだ本だ。
 発行されて間もないこの本を、当時中学2年生の私は夏休みの前に手にした。「必ず全治する」とはなんとうれしいことだろう。宝物を手に入れたような喜びにふるえながらこの本を、小遣いをためてやっと作ったお金で買ったのだった。
 夏休み前に買ったので、夏休みは3週間以上ある。夏休みが終わって新学期を迎えるころには確実にどもりは治っている。本当にそう思った。何事にも無気力になっていた私だが、治りたい一心で真剣に取り組んだ。しかし、全く治らなかった。
 しかし、この方法が、アメリカの最新療法として紹介されたバリー・ギターの統合的アプローチとほとんど変わらないことに驚くばかりだ。

①弾力的な発話速度(ゆっくり話す)
②軟起声(言い出しを柔らかく発音する)
③構音器官の軽い接触(軽く発音する)
④固有受容感覚(声の出し方にいつも注意する)
   『吃音の基礎と臨床』(学苑社)

 100年という長い年月、日本で取り組まれて、ほとんどの人に効果がなかった方法と、ほとんど同じ方法が、今、アメリカでは最新療法であることを私たちはどう考えればいいのだろうか。

『吃音の研究と療法』
                       梅田薫 東京正生学院出版部
                       昭和33年5月発行
伊沢氏矯正法
 世に口形式矯正法といわれる。『どもりは呼吸、声帯の開閉運動、口形、口筋、舌、くちびる等の運動不完全による悪習慣による』というのである。
1 呼吸練習 腹式呼吸練習をした後、ハ、へ、ホ、フ、ヒの口形を作って呼吸運動をする。
2 種々の運動と練習 口筋運動、口唇練習、舌本運動、舌頭運動、舌全体の運動の練習。
3 ハヘホ練習 音の出し初めにもっとも声帯が大きく開くのはハヘホの音だとしてその練習を行う。ハの場合は、鏡で咽喉がみえる程に口を大きく開き、ハのささやき音をひびかせながら息を吸い、つぎにハのささやき音で息をはき、続いてハーと真の声を出し、さらにまたハのささやき音で息を出す。中途で切らずに一呼吸に行う。
4 五十音練習 アはハのささやき音で吸ってアーといい、ハのささやき音で息をはく。エはへ、オはホ、イはヒ、ウはフのささやき音を用いる。二音以上たとえばカキクケコという場合には、まずハの口形を作り、ハのささやき音で息を吸い、ハヒフヘホの口形を以てカキクケコと発音し、ホの口形とささやき音で息をはく。(P.81~P.82)

東京正生学院発音法
1 短音発音法
① 鼻から静かに、下腹まで吸う気持で少し早く息を吸う。苦しくなるまで、ことさら腹をふくらませたり、力を入れたりしない。
② 吸った息を静かに長く口からフーと出す。吸う時よりも長く出す。息は全部出してしまわないで、幾分残して、丹田の力は、ぬかない。
③ 出す息で『アー』と云ってみる。短く急に云い出すと、抵抗が強くて、舌や咽喉がしまり、発音し難くなる。どもるのはたいてい云い出しに起る。あせって、急に強く云うためである。下腹から声がゆるやかに、息とともに、水の流れるようにズーッとおなじ強さで続いて出ることで、途中に弱くなったり、切れてはならない。くちびるや舌や咽喉はらくにして、いっさい力を入れない。

2 単語発音法
 すべての言語は一音が集ったもので、かならずらくに云えるわけだが、そのりくつ通りにならないのは、精神的作用の無理が生じて、発音器官の運動が正しくできないからである。正しい発音法によれば、無理が除かれらくに発音できる。
 単語練習を『タタカイ』の一語を例として述べる。単語、朗読にも対話にも応用するのである。
①まず鼻から十分息を吸うこと。
②下腹からはく息で第一音をゆるやかに云うこと。一番大切なことは第一音、云い出しである。最初の『タ』が出れば『タカイ」もたいてい出る。吃音者はほとんど、云い出しの第一音に困難するのだから、十分ゆっくり抵抗がつかないように云う。吃音者はこれとまったく反対に、云い出しがとく急に短く『タッ』と云って抵抗を強くする。歌のうたい始めとおなじように『ター』のようにゆるやかに云う。しかし余り目立つように第一音だけ長く云うのは変であるから、二音目以下とおなじくらいにする。
③各音の長さを同一に云うこと。あせるとある音がとくに急になり、力が入ってその音の抵抗が強くなり、呼吸も乱れて困難におちいる。各音をおなじにゆっくり云う場合が、一番無理がなく云いやすいのである。タターカイ、タータカイでなく、ターターカーイーがよい。
④一定の力をもって云うこと。力が弱くても、強過ぎてもいけない。強弱不同でもよくない。大体一定平均すべきである。云い出しの一音だけは軽い方がよいが、あとはおなじ力をもって云う。
⑤一定の息で云うこと。タタカイの一語を云い終るまで、息はズーッと一定して続いて出ることが大切である。中途で息を切らない。
⑥全体にゆっくり云うこと。各音の長さが同一ならば、少し速く云ってもらくに云えるものだが、単語練習は全体にゆっくりと云うのがよい。
⑦ハッキリ発音すること。いちいち口の形に注意する必要はないが、口をよく動かしてハッキリと、一音でも不明瞭がないように、だれにでもよくわかるように発音することが必要である。
 以上のように記すと、発音法はなかなかむずかしいようであるが、決してそうではない。すなわち『鼻から息を吸い、下腹から云う心持で、云い出しをゆるやかに、各音の長さが平均してゆっくりと、一定の力で云う』のである。(P.226~P.230)「スタタリング・ナウ」2008.9.22 NO.169

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/12/31

Follow me!