再び、10冊運動のお願い
『どもる君へ いま伝えたいこと』(解放出版社)の出版に向けて、「吃音を生きる子どもと同行する教師・言語聴覚士の会」の仲間たちと、何度も合宿をし、何度も原稿を書き直したことが、懐かしく思い出されます。鹿児島、大阪、兵庫、栃木、千葉、東京とそれぞれの地域で忙しく教員生活をしている人たちが、何度も集まってくれました。その熱意には仲間ながら頭が下がります。何度も何度も書き直し、やっとできあがってきた本を手にした時の喜びは、大きなものがありました。これまで何冊も吃音に関する本を書いてきましたが、僕は、これが一番書きたかった本だと思ったことも、鮮やかに思い出されます。学習・どもりカルタとともにロングセラーを続けている本です。「スタタリング・ナウ」2008.8.24 NO.168 の巻頭言を紹介します。
再び、10冊運動のお願い
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
歴史は繰り返す。人間は、歴史の事実を正確に認識し、歴史から学ぶということができない生き物だとつくづく思う。世界の紛争も絶えることがない。決して忘れてはならない、ヒロシマ・ナガサキも風化していく。
どもりの問題についても、何度「歴史は繰り返す」と感じたことか。私の大好きなアメリカの言語病理学者、ジョゼフ・G・シーアン博士も、「またまたどもりを治すが、亡霊のように復活してきた」と嘆いていた。その嘆きから30年たった今、同じような状況下にある。シーアン博士が生きていたら、再び大きなため息をつくことだろう。
インターネット時代は、ほぼ消滅したはずの民間吃音矯正所を違う形で復活させてしまった。学校のような施設がなくてもネット上で簡単に宣伝ができてしまう。だから、以前よりもはるかに高額で悪質なサギ商法まで生んでしまった。かつて私が40年以上前に経験した民間吃音矯正所が、とても良心的な所だったと思えるくらいだ。
私がかかわる国際吃音連盟も事情が同じだ。1986年、第一回吃音問題研究国際大会で世界の人たちが私の主張に共感してくれていたのに、「吃音の治療・改善」がまたまた、全面に出てきてしまった。最新だと紹介されたアメリカの吃音治療法は、100年も前の日本の楽石社の方法とそっくりだ。
嘆いてばかりはいられない。私にできることは精一杯しなければならない。私のしてきた経験を、今どもることで困ったり、悩んでいる子どもたちに、伝えたい。ちゃんと伝えなければならない。
私は大きな危機感をもって、一冊の本を書き始めた。書き進めるうちに、苦しかった小学校時代、悔しかった中学校時代、悲しかった高校時代が鮮やかによみがえってくる。思い出し、涙ぐみ、筆がなかなか進まないことがたびたびあった。その時、吃音親子サマーキャンプで出会った子どもたち、どもる人のセルフヘルプグループ・大阪吃音教室の仲間たちと、一緒に泣き、笑った経験が私を支えてくれた。また、本の意義を共に語り合った「吃音を生きる子どもと同行する教師・言語聴覚士の会」のことばの教室の教師と担当経験者の仲間が、合宿で夜を徹するほどの長い話し合いで、私の原稿を検討し、励ましてくれた。これらの支えがなかったら、この一冊の本を書き切ることはできなかっただろう。
私たちの活動をいつも支えて下さっている演出家の竹内敏晴さんが、特別に子どもにも分かるようにと「自分の話し方を見つけるために」を書いて下さった。また、原稿の全てを読んで下さった作家の重松清さんがうれしい推薦文と、子どもたちへのメッセージを書いて下さった。
安価にするために、子どもが手に取りやすいために、96ページと最初から決められていた。その制約の中で、私は40年間真剣に考え、取り組んできたことを全て出し切りたいと思った。そうして書くうちに、吃音ショートコースというワークショップに講師として来て下さった様々な分野の第一人者の方々や、これまで出会った多くの人から、たくさんのことを学んできたことを改めて実感することができた。この私の体験、学びの結晶を多くの子どもに伝えたい。
『どもる君へいま伝えたいこと』(解放出版社)
多くの人に支えられ誕生したこの本は、また、多くの人に支えられ育っていくことだろう。
2004年、『どもりと向きあう、一問一答』(解放出版社)出版のとき、私たちはひとつの運動として、一人が10冊引き受ける、「10冊運動」をお願いした。どもる子どもの保護者やことばの教室の教師などが大勢参加して下さったおかげで、この本は第3版を増刷するまでに広がった。
『どもる君へいま伝えたいこと』を今困っている子どもたちの元に届けたい。保護者やどもる人に届けたい。また、ことばの教室の教師や、言語聴覚士などの専門家、さらには、通常学級の全ての教師に読んでほしい。多くの小学校の図書館や公立図書館にこの本を置いてほしい。
多くの人に広がることを願って、再び「10冊運動」に全力をあげて取り組みます。
ご支援を心からお願い申し上げます。(「スタタリング・ナウ」2008.8.24 NO.168)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/12/24