吃音を知る。自分を知る。
2007年8月1・2・3日、国立オリンピック記念青少年総合センターで、第36回全国公立学校難聴・言語障害教育研究協議会全国大会東京大会が開催されました。第8分科会は、〈吃音〉で、コーディネーターは、僕でした。楠雅代さんの実践発表を紹介します。
楠さんの勤務する、日野市立日野第二小学校には何度か行きました。東京の小学校が、大阪の僕を講師として呼んで下さること、とてもありがたいことでした。僕の考え方を支持してくれることばの教室が少なからずあるということは僕を勇気づけてくれていました。少し長いですが、途中で切るのは難しいので、まとめと質疑応答は明日に回して、全文を紹介します。
吃音を知る。自分を知る。
日野市立日野第二小学校教諭 楠雅代
平成15年度から、きこえの教室・ことばの教室「せせらぎ」の吃音児童のグループ学習を開始した。15年度から17年度までの3年間については、日本吃音臨床研究会発行の吃音臨床研究誌第11号「吃音と向き合う、吃る子どもへの支援~ことばの教室の実践集~」に掲載されている。
東京大会では、4年目の平成18年度の実践報告をする。
◇グループ学習
「あなたはあなたのままでいい」「あなたはひとりではない」「あなたには力がある」
このことを子ども達に感じてもらいたくて、グループ学習を行った。
18年度は、グループ学習と並行して、どの子にも個別指導も行ったので、グループ学習の中には、個別指導の中に取り入れたい、子どもとの話し合いの話題や活動、保護者と話す時の視点等を盛り込んだ。
大きな特徴は、全てを親子同室で行ったことだ。保護者の都合で参加できない児童には、個別指導の中で、グループ学習の補完をし、また、グループ学習の後の個別指導は、必ず、グループの振り返りを行った。
〈ねらい〉
・吃音の学習を通して、自分の吃音の状態や声、体、心の状態を知る。
・仲間との交流を通して、吃音を隠すことなく、話し、発表する体験を積む。
・活動に取り組む互いの姿を観ることや、話し合いを通して、肯定的な自己像をもつ。
・声を出す様々な活動を通して、自分の声の響きや美しさ、内面の豊かさに気づく。
〈構成メンバー〉
1年生1名 3年生1名 4年生1名 5年生1名(全員男子)
〈実施回数〉
5月から2月まで、月1回実施。
全員参加の4月「始めの会」、3月「終わりの会」、6月・11月「お楽しみ会」、夏期休業中に退級した児童も含めての親睦会を開催。
〈内容・方法〉
年間を通して、吃音の学習、構音器官の運動、詩の斉唱や創作等を親子同室で行う。
◇経過
5月(第1回)
①ゲーム(全員ジャンケン、親子対抗班会議)
②自己紹介 ③今年度のグループ学習についての説明 ④吃音のアンケート
年長から通級し、過去3年間のグループ学習に参加していた4年生C君と5年生D君に、17年度二学期後半から通級を開始した1年生A君、3年生B君が加わった。
C君、D君はグループ学習の経験があり、大きな不安はないものの、新しいメンバーにどう関わればいいかわからず、二人の世界にいることで安心しているようだった。
A君、B君は初参加で、体も顔もガチガチ、見るからに緊張した様子だ。
まず、参加者全員の緊張を解きほぐし、一年間のグループ学習に見通しをもってもらうことを考えた。ゲームは、お互いの体に触れないでできるもの、遊びながら自然に声が出せるものを選んだ。
自己紹介は、子どもたちは学校名と学年を、大人は卒業した小学校名を言うことにした。A君、B君は、「とにかく一気に言ってしまおう」といった話し方だったが、C君、D君は、「どもっても大丈夫」と余裕を感じさせる態度だった。大人は、出身校が、東京以外の人が多く、その度に「へえ一」「訥りがないですね」等の声が上がり、短いながらも楽しい自己紹介となった。
「このグループは、共通の悩みをもつ仲間と一緒に吃音の学習や話し合いをします。楽しいゲームや構音器官の運動、詩の斉唱等、様々な声を出すことを通して自分の声の音色や響きに気づくこと。詩の創作や読み方の工夫等、豊かな表現を考えることに親子で取り組んでいきます」
私が一年間の活動について話をした。その後は、親子で吃音のアンケートに答えてもらった。その頃には、全員が落ち着いていたようだった。
6月(第2回)
①息の学習 ②どもっている時の息や体や心の状態を考える ③あいうえおのお経
5月のアンケートで、どもる場面や相手、吃音にまっわる不快体験等について振り返り、全員が吃音はコントロールできないという思いをもっていることがわかった。そこで、話すことは息を吐いていることなので、息の状態を知れば、吃音はだめでも、息はコントロールできるかもしれないという仮説をたて、息の学習をした。
◎深呼吸の有無による息を止める時間の変化
◎一気に息を吐く時と、できるだけゆっくり息を吐く時にかかる時間の差
◎深呼吸の時と、できるだけ早く息をする時の体の状態の違い、等を体験してもらった。
どもっている時の息や体はどうなっているのかの質問は子どもには難しいようだったが、お母さんからは、「呼吸が苦しそう」「喉や肩に力が入っているようだ」「声がうわずっている」等が出された。
そこで、どもっている時には、体に力が入っているかもしれないとの予想を立て、拳を握りしめて息ができるか試した。全身に力が入っている時には、息はできず、話すことができないことも体験した。`その後、心も体も息も安定している声、人の心と体に染み入るような声を出してみようと、「せせらぎ式お経」を唱えることを提案した。
目をつぶり、五十音をゆっくりとお経のように、自分の声の響きを感じながら言うことを、全員で大まじめに取り組んだ。
「こんな声、今まで出したことなかった!」との感想が出された。
どもっている時の息や体、心の状態を知ることを宿題に出した。
「この宿題は、もう一人の自分が、どもっている自分を観なければできません。その観る力を『洞察力』と言います。皆には、この洞察力があります。小さい時から、どもるために、辛い思いや悲しい思い、どうにもならない体験を積んできたからこそ、その力が育っています。その洞察力を今より素敵な自分になるために発揮して下さい」という話をして終わった。
7月(第3回)
①前回の振り返り ②宿題の発表 ③あいうえおのお経 ④きりなしうた
前回の息の学習を振り返りながら、親子共に宿題の発表。子ども達は、「体が震える」「息が苦しい」「音読の宿題でどもったので、口に手を当ててみたら息が出ていなかった」「あわててる」等、具体的に自分の様子が語られた。宿題を心に留め、1ヶ月間、自分の吃る姿を客観的に観る体験をしてくれたことが、何より嬉しいことだった。
その後は、自分の声を聴くことを意識しながらお経を唱えてもらい、「宿題、はやくやりなさい。おなかがすいて、できないよ」で始まる谷川俊太郎の「きりなしうた」へと進んだ。
「音読の時に、どもらないように、早く終わらせたいと思いながら読んでいたなら、そういうことを考えない読み方を体験してほしい」と話して見本を見せた。原文を言いやすいように変えて良いという指示を出し、親子で考え、練習してもらった。練習後、「今のは、詩を台詞に変え、演技の練習をしていたのです。この発表は、『音読』ではなく、『演技』をしてほしい」と話した。
1年生のA君は、練習はしたが「発表はしたくない」と言った。残り3組の親子の発表は、演技とは、ほど遠いものだったが、子ども達から、「二人でやったので、一人の音読よりやりやすかった」「初めてお母さんと演技した」「自分の声を出した」という感想が、お母さん達からは、「上手に読もうとは思わずに、どう言えばよいのかを考えながら読んだ」という感想が出た。各家庭のオリジナルきりなし歌を作り、練習してくることを夏休みの宿題にして、一学期は終了した。
9月(第4回)
①構音器官の運動 ②あいうえおのお経 ③きりなしうた
夏休みに伊藤伸二さんと会う機会があり、「きりなし歌は、お母さんに言い返す内容だから、アサーショントレーニングになりますね」と言っていただいた。何気なく選んだ詩だったが、そういう視点があるのならば、尚一層しっかりと取り組もうと思いを新たにした。また、この時に、伊藤さんに「せせらぎ」に来て下さるようお願いし、きりなし歌を伊藤さんの前で発表するという目標をもつこともできた。
この回から、構音器官の運動(口、頬、舌の運動、パタカを単音、あるいは組み合わせて様々に言う)を加えた。練習では、口形に気をつけ、一音一音をはっきり言うことを意識させた。
お経では、深い声を出そうというイメージをもち、自分の声に耳を澄ませば、心も体も息も落ち着いた声は出せるのだと、子ども達が実感できるようになってきた。
宿題の「きりなしうた」は、親子であれこれ話し合い、繰り返し作り直した作品だった。発表の様子は、演技しようという気持ちをもって臨んでいることがわかった。
子ども達は全員「楽しかった」と言っていた。「楽しいと思えるようになると、アイディアは次々と沸いてくる。12月までにいろいろ考えて、納得のいくものを当日発表して下さい」と私は伝えた。
10月(第5回)
①エアロビクス(世界に一つだけの花) ②構音器官の運動 ③あいえうおのお経 ④いるかの詩の発表 ⑤ゲーム(ブラックボックス)
音楽に合わせて体を動かそうと、エアロビクスのまねごとに挑戦。曲は私からのメッセージもこめて「世界に一つだけの花」。
谷川俊太郎の「いるか」の詩を使い、子どもと親チームに分かれて、詩の中で繰り返される「いるか」が、海にいる「イルカ」なのか、所在を尋ねる「いるか?」のどちらなのかを考えて、意味にあった読みを練習し発表した。どの子も「これは、イルカがいいと思う」「これは、いるか?だな」と自然と声を出して考えていた。発表は、吃音を気にすることから解放され、ことばの意味を考えて読んでいた。
ブラックボックスゲームは、触るチームと当てるチームに分かれ、触る方は、箱の中のものの触った感触をことばで言う。当てるチームは、ことばから想像して当てる。中に、たわしや黒板消し等、触ればすぐに答えがわかるものを入れた。このゲームも「どもらずに言う」ではなく、「この感触をどう表現しようか?」ということを考えて発表する体験の場となり、同時に親子でゲームを楽しむ機会ともなった。
11月(第6回)
①構音器官の運動 ②あいうえおうた ③きりなしうた
伊藤さんを招いての発表会に向け、気持ちを高めていけるようにと、日程を発表一週間前に変更した。谷川俊太郎の「あいうえおうた」を口形に気をつけて全員で斉唱した後、きりなしうたの練習に取り組む。各親子が、また新たなきりなしうたを作ってきていた。
発表後の話し合いでは、D君の「学校の学習発表会より、グループの発表の方が緊張する」との感想に皆がうなずいた。「学習発表会は大勢で演技するし、客席との距離があるが、ここでは、見ている人が注目しているから」と言う。自分たちの今日の出来映えにっいては、C君のお母さんが正直に「読むのが精一杯で演技するどころではなかった」と話した。子どもたちも、「演技をしたのは少しだったので、もっとできると思う」という感想が出た。私からは、「そうやって自分のことを振り返られることが、とてもすばらしい。次回は、演じることにチャレンジしてほしい」と話した。
12月(第7回)
①自己紹介 ②構音器官の運動 ③あいうえおうた ④きりなしうた
伊藤伸二さんを招いてのグループ学習。自己紹介の後、構音器官の運動、あいうえおうた、きりなしうたの練習、発表へと進んだ。このグループ学習は、全員がチャレンジすることを常々話していたので、私も、伊藤さんとの大阪弁によるきりなしうたを作り、皆の緊張を少しでも和らげるよう最初に発表した。それに続く親子の発表は、「演じる」ことを意識し、自分自身にチャレンジをしていることが伝わってくる発表だった。発表後の話し合いでは、「お互いの顔を見るようにした」「お母さんが演技しているのがわかった」「演技しようと意識した」「うまくできた」等、自分自身を振り返る感想が出された。
伊藤さんからは、「声も出ていたし、内容がおもしろかった。谷川俊太郎さんのきりなしうたをずいぶんと大幅に変えていて驚きました」との感想をいただいた。この日は、飛び入りで参加した2年生女子の5歳の弟が、一つ一つのきりなしうたを声を立てて笑いながら聞いていた。「5歳の子が笑うのは、皆の発表が、音読ではなく、演技になっていたからだと思います」と最後に私が感想を言って終わった。
1月(第8回)
①前回の感想 ②一年間の振り返り ③作文
3学期初日に集まった。前回の伊藤さんの前での発表は、「緊張したけれど、やってよかった」という感想。一年間取り組んだことを振り返り、全員で作文を書いた。
2月(第9回)
①作文の発表 ②終わりの会についての話
前回書いた作文を全員に発表してもらった。C君はこの日ひどくどもり、うろたえているのがわかった。読み終えた後、「今日は、久しぶりに辛かったね1と声をかけると、うっすらと涙を浮かべ、「うん」とうなずいた。彼は、この年度末で通級を終了することを自分で決めていた。「今のことが、その決定に影響するかしら?」と尋ねると、「わからない」と返事が返ってきたが、不安げな様子はなかった。私は、「これまでに、皆は、C君の様な体験を沢山してきているし、これから先もあると思います。今日のC君が今までと違うのは、皆の前で、辛いと言ったことだよね。心が強くなければ、自分の弱さは認められないよね」と話した。他の子ども達は、C君の様子をうなずきながら静かに聞いていたが、今、振り返ってみると「強い」という表現は適切ではなかったと思っている。
伊藤さんは、よく「自分に誠実」という表現をされているが、この時のC君は「誠実」ということばがぴったりだった。自分自身を振り返っても、辛いことが起きた時に強く対処できる時もあれば、何もできずに泣きたくなる時もある。生きていくことは、行きつ戻りつ、悩みながらなので、これからは、「自分に誠実」ということを子ども達と一緒に考えていきたいと思う。
この後は、「3月の終わりの会で、グループ全員でビリーブを歌おう。当日まで、毎日お母さんと一緒に歌うことを宿題にします」と話し、全員で歌って終わった。
3月(終わりの会)
全員の前で、ビリーブを歌う。皆が、通級児童の前で歌を披露するのは初めてだった。間奏をBGMにしての自己紹介では、どもって名前を言うのに苦労した子もいたが、しっかりと正面を向いて歌う顔には、力強さと満足感が感じられ、参加者からは大きな拍手が沸き上がった。この日、C君は、通級を終了する卒業作文も発表した。題名に続く名前で、ひどくどもったが、読み終えた後の顔は晴れ晴れとしていた。
翌日、C君のお母さんから次の様な嬉しいお電話をいただいた。
「Cは、『(どもってしまい)かっこいい自分ではなかったけれど、作文を発表してホントによかった。お母さんもやればよかったのに』と言っていました。通り一遍の卒業式ではなく、自分自身で通級終了を決めたCにとって、とてもすばらしい卒業式になりました」
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/11/27