ガザからの報告

 昨日の11月11日、大阪十三のシアターセブンで、「ガザからの報告」を観てきました。
 これは、僕たちの仲間のお連れ合いの土井敏邦監督が制作されたもので、34年間、通い続けて、取材・インタビューをもとに編集された、土井監督の渾身のドキュメンタリー映画です。
 Ⅰ部とⅡ部にわかれており、Ⅰ部は、土井監督が長年、取材されてきた記録「ある家族の25年」でした。映像は、1993年から始まっていました。監督がガザ取材の拠点としたその家族は、「エルアクラ家」で、自然な日常生活が撮影されていました。個人の住む場所に、ジャーナリストが自然な形で入り込む、長く、本気でつき合うことを覚悟しなければ、とてもそのようなことはできないでしょう。いろんな幸運の結びつきと、監督の誠実な人柄に「エルアクラ家」の人々が惚れ込んだから、奇跡ともいえるこのような25年の記録を僕たちは見ることができたのです。
 メディアによるニュースで、僕たちは、ガザでのできごとを知ります。死者や負傷者の数字と、瓦礫の山となった町の様子の映像です。そこには、今なお住んでいる人の顔が浮かんできません。砲撃で瓦礫となった町の片隅で、人々は確かに生活しています。なんとか食べるものを調達し、子どもたちは、新しいことばを、新しい事柄を、先生のあとに続いて大きな声で復唱しながら学んでいました。
 「等身大・固有名詞の人間の姿・日常生活」をきちんと描くこと、そのために住み込み取材しかないと、本多勝一の著書から学んだと、監督は言います。「エクアクラ家」の家族の生の声をなんとしても伝えたいという使命感が、映像から伝わってきます。僕はNHKのBSドキュメンタリーをよく見ますが、それらのドキュメンタリーとは全く違うところです。25年間も継続してつきあい、それを伝えるのは、ジャーナリストとしての役割を超えている、つまり、人間としてパレスチナ、ガザに向き合っているからできることでしょう。

 Ⅱ部は、「民衆とハマス」とのタイトルで、パレスチナ内部の問題が描かれていました。複雑な人間の思いがあちこちに出てきます。祖国への思い、家族への思いがあふれています。
 ハマスについて僕たちはほとんど何も知らなかったことに気づきます。パレスチナ人のハマスへの支持はどうして生まれたのかが分かります。また、ハマスの無謀な、展望のまったくない中での、イスラエルの攻撃でハマスへの支持は一気に失われたことが住民の声として伝えられています。ハマスとパレスチナ人の双方からの生の声が、長年の苦悩の歴史を私たちに教えてくれています。ガザの現状は「生き地獄」といっていい惨状です。今まで住んでいた家が、空爆でこなごなになっている。どこかに避難することもできず、その場で生きるしかない。水は、食べ物は、どこから調達しているのか。飢餓の状態の中で、空爆の恐怖に耐えながら生きることが、人間にできるのだろうか。逃げられない恐怖、閉じ込められている恐怖、ガザで恐怖の中にあった人々の心が壊れていきます。家族、住居、生活、将来の希望をなくさせる恐怖と、生きるために窃盗をしなければならない現実。だんだんと感覚がマヒしていくのでしょう。「ガザに住む人々の価値観・倫理を変えてしまう」とジャーナリストMさんが言います。自殺する若者がたくさんいるのも頷けます。
 2023年10月以降、ジャーナリストMさんからの発信で、生の声、生の様子を見ることができました。ガザでの現実をどうしても伝えなければという思いで、命がけで発信するMさんと、それを受け取った監督の、きちんと世界につたえる責務があるとの思いが、このドキュメンタリーの底を支えているのだろうと思いました。

 途中10分の休憩をはさみ、午後2時に始まった映画が終わったのは午後5時40分。すでに外は暗くなっていました。
 「人々の価値観・倫理を変えてしまう」のことばが、繰り返し、僕の頭をよぎります。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/11/12

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