北海道から、大阪吃音教室へ
昨日の大阪吃音教室は、僕が担当でした。講座名は、「吃音と当事者研究」。向谷地生良さんを講師に、当事者研究をテーマにした吃音ショートコース後に、吃音教室の定番講座になりました。ひとりのどもる人の人生を、参加者とともにたどるいい時間になっています。
昨日は、当日、集まった人の中から、話題を提供してもらい、すすめるつもりでした。
昨日の参加者は、いつもの常連の他に、最近参加し始めた人、地元の愛知県に戻り、久しぶりに2週連続で参加した人、1ヶ月くらい前に初めて参加して昨日が2回目だという人などがいます。1ヶ月くらい前に参加して昨日が2回目の参加という人が、近況報告の中で、「みんなに聞きたいことがある。教えてもらいたいことがある」と発言していたので、まず、そこから話を聞くことにしました。
彼の話が一段落して、休憩時間をとりました。休憩の少し前に途中から参加した人がいました。休憩後は、彼の自己紹介から始めるつもりでした。初参加の人に書いてもらう個人カードを見ると、なんと住所が、北海道となっています。
「北海道から来たの?!」と確認すると、「はい」という返事。大阪吃音教室に参加と、翌日別のグループへの参加のために参加したのです。びっくりです。会場の近くまで来たけれど、場所が分からず、迷ってしまい、遅れたとのことでした。せっかく遠い所から参加してくれたのだから、その後は、彼のために時間を使いました。彼は、僕の本を4冊読んでいて、僕に会いたいと、僕が担当する講座を目指して北海道から参加したとのことでした
彼は、吃音のほかにも課題を抱えているために、生きづらさを感じているようでした。無意識に、社会からの圧力を感じ、職場の上司や同僚からも、からかいの言動を受けていると話しますが、対話を続けると、直接言われたというより、又聞きや思い込のようでした。そこで、思い込みから少し距離を置いて考えることの大切さを知ってもらいたいと思いました。また、過去のできごとに強く縛られているようにも思いました。小さい頃にこんなことがあった、こんなことがあったと、話そうとしますが、本人にとっては、悩みや生きづらさの原点であることは分かりますが、いつまでもそれにとらわれ、縛られていても、前へは進めません。
「過去は捨てましょう」と、僕は強く何度も言いました。今を、これからを、考えていきたいのです。また、社会や環境がもう少し理解があれば、生きやすいのにということもよく聞きます。これは確かにそのとおりです。しかし、環境を自分に合うように変えるのは至難の業です。環境の整備を待っていても、いつのことだか分かりません。その間も、僕たちは生きていかなければならないのです。社会や他者を変えることより、できることは、自分の考え方、受け止め方、とらえ方です。
「過去と他人は変えられない」のです。
では、変えられることは何でしょう。
僕が全国一周の旅に出たときの写真には、赤いシャツを着た僕がたくさん写っています。それまでのくすんだ色ではなく、赤いシャツです。それだけでも印象はずいぶん違います。服装は変えることができるのです。周りから言われている「怖そうに見える顔」は変えられないけれど、できるだけ笑顔でいることはできます。
せっかく北海道から僕に会いたいと来てくれたのですから、残りの時間すべてを使って、会場を出なければいけないぎりぎりの時間まで続けました。彼の話を聞いて、質問に答えて、僕自身の体験を話しました。どこまで届いたか、分かりませんが、何かひとつでも掴んでくれたら、こんなにうれしいことはありません。東京でのワークショップや、新・吃音ショートコースなどで、もう一度会えればいいなあと願っています。
こんな出会いがあるのも、毎週、同じ時間に、同じところで、集まっている、というセルフヘルプグループの基本があるからです。
彼が持ってきた、彼にとって一番よかったという僕の本『どもる君へいま伝えたいこと』(解放出版社)に、サインをしました。
ぜひまた、どこかでお会いしたいと思います。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/11/02