私の声とことばの履歴書

 「吃音はどう治すかではなく、どう生きるかだ」、これは、僕の一貫した、ベースとなる哲学です。かといって、声やことばに関して何もしないということではありません。声やことばには人一倍関心があり、これまで、「声の教養」を劇作家・鴻上尚史さんから、「表現としてのことば」や「一音一拍、母音を押す」を竹内敏晴さんから学んできました。
 吃音を治すためではなく、相手に届く声を求めてきました。それは、竹内敏晴さんの「からだとことばのレッスン」で、声を出す喜びや楽しさを味わったことがはじまりでした。
 「スタタリング・ナウ」2007.5.21 NO.153 の巻頭言を紹介します。

  私の声とことばの履歴書
                      日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 吃音はどう治すかではなく、吃音と共にどう生きるかが大切だと、私は30年も前から提案し続けてきた。その「治すかではなく」が、常に誤解を受けてきた。吃音を認めて生きることは、声やことばに関しては何もしないと受け止められたのだった。しかし、私たちが、実は声やことばに対して一番取り組んできたのではないだろうか。
 どもる人のセルフヘルプグループの大阪吃音教室においては、読むことや話すことのトレーニングを取り入れたり、演劇にも取り組んできた。また、どもる子どもたちの吃音親子サマーキャンプも、吃音について話し合うことと、ことばの表現に取り組む劇の上演が2つの大きな柱になっている。
 声やことばに私たちが本格的に取り組み始めたきっかけは、竹内敏晴さんとの20年ほど前の出会いにある。その出会いは衝撃的だった。
 グループのリーダー研修会で、体をゆらし、童謡や唱歌を、今ここで生まれる表現の歌として腹から声を出して歌った時の弾んだ気持ちと、声を出す喜びは今もはっきりと思い出すことができる。
 息が流れ、その息と共に声が出て、歌となっていく。からだがいきいきとし、うれしくなる。声を出すとはこれほど楽しく、体と心が喜ぶものだったのだ。この感動は今も忘れない。
 吃音に悩んでいた頃の私にとって、声を出すことや思いをことばにすることは、相手に近づくためではなく、相手との距離を置くためのものだったと言えるだろう。私のどもることばを聞き手がどう受け止めるか、常に不安と恐れがあった。近寄りたくて発したことばは、時に相手から拒まれた。
 声を出すたびに身構え、からだはこわばった。どもることばを相手に聞かれないようにと、ことばを自分のからだに閉じこめた。
 私が声に関して取り組んだのは、謡曲の師範である父親から手ほどきを受けた謡曲と、大学時代のクラブの詩吟と講談師・田辺一鶴さんから教わった講談だった。かぼそかった声が詩吟でだんだん大きくなり、講談で話のリズムをつかんだ。一時期、お前の話は講談を聞いているようだとよく言われ、喫茶店では恥ずかしいから、もっと小さな声で話してくれと友だちから言われた。
 その後、セルフヘルプグループをつくり、リーダーとなった。人を遠ざけてきたことばは人と人とを結びつけるものになった。リーダーになって人前で話すことが多くなり、大勢の前で話す場に慣れ、話すときの不安や恐れがやわらいでいった。
 20代の終わり、私は大学の教員となった。吃音について独自の哲学をもち主張することばをもっての講義や講演では、家族や友人と話すように話していたのでは伝わらない。一音一音を丁寧に、相手に伝えたいという熱意をもって、相手に伝わるように私はゆっくりと話し始めた。しばらくして、日常生活や親しい人との会話では、相変わらずどもるのだが、大勢の人の前で話す時は、ことばをゆっくり目にコントロールすることが自然と身についたのか、あまりどもらなくなった。
 その後、「吃音と共に生きる」プログラムを作る時、声やことばにも取り組みたいと考えた。国語教育の朗読、アナウンサーの訓練、歌手や声優のボイストレーニングなど、様々なワークショップを経験し模索を続けたが、どもる私たちが取り組みたいと思えるものとは出会えなかった。その後、出会えたのが竹内敏晴さんのレッスンだった。
 今の私は、また人前でもよくどもるようになった。8年ほど前に、私の講演を聞いた人が、今の私のどもる状態にびっくりするくらいだ。自分では意識していなかったのだが、自分の考えを人前で話すとき、竹内敏晴さんの言う「説明・説得的な口調」が身についていたのだろう。それを壊して「表現としての声」を育てて下さったのが、竹内さんだった。今、自然にどもる私が好きだ。
 どもる私たちにかかわり、その延長として大阪で毎月開かれるようになった竹内レッスンの様子を、日本吃音臨床研究会編集の「たけうち通信」をもとに竹内敏晴さんが本として出版して下さった。
 私たちの声とことばの履歴書でもある。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/09/22

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