まだ科学が解けない疑問~なぜどもるのか~
吃音は、長年の研究にもかかわらず、未だ原因が分からず、治療法もありません。医学、科学が発展している現代においてもそうです。だから、僕たちは、吃音と上手につきあうことを考えてきました。
晶文社発行の『まだ科学が解けない疑問』という本があります。その中に、《なぜどもるのか》についての文章が掲載されています。僕たちとは違う視点からとらえた吃音の不思議さが書かれています。医学、科学をもってしても、なぜどもるのかは分からないのです。
「スタタリング・ナウ」2007.4.22 NO.152 より、『まだ科学が解けない疑問』を紹介します。
『まだ科学が解けない疑問』
なぜどもるのか
アリストテレスが、どもりは体の四つの気質が不適当に混ざりあった結果おきるのだと提言して以来二千年以上が、また、プロシアの外科医が、どもりを治そうとしていたずらに彼らの舌の一部をちょん切ってから一世紀以上がたった。50年前、アイオワ大学で、どもりを克服して自分自身のハンディキャップの専門家に身を転じたウェンデル・ジョンソンは、100人につき1人か2人ずつを悩ませているこの難儀を、はじめて系統的に研究しはじめた。しかし、科学はいまもって、どもりの原因を決定できずにいる。
一部の人にとっては、どもりは一時的なものである―2歳から7歳のあいだにはじまり、大人になるまでになくなってしまう。しかし5人のどもりのうち1人に関しては、その障害は継続する。治療することで流暢さは増すが、それはふつう、ゆっくりした話し方という犠牲を払ってである。
特徴として、どもる人の話し方には、速射砲のようなくり返しと突然のとぎれが点在している。声を出すには脳と呼吸器官、声帯、舌、顎そして口唇の統合が要求されるので、生理学者は、問題を各部分の奇形に求めてさぐりだそうと試みてきた。
一部の研究者は、ただ言葉を押しだすのにじゅうぶんな風が足りないためにどもるのだと考えた。また一方では、どもりを小さな発作とみなして、どもりの人をてんかん患者に分類する人もいた。さらに、この不調は、言語の支配をめぐって脳の二つの半球間で争う結果おこるのだ、と推測する人もいた。そのような種々の説にもかかわらず、大部分のどもりの脳と肺はどもらない人のものと何のちがいもないようにみえる。事実、正常にすらすら話す人たちでもときおりいい誤ることがある。ふつうそれは、文章や文句のはじまりとか呼吸のあとにおこる―この同じ路上を塞ぐものが、どもる人をも引きとめるのだ。
どもりもときには自分の悩みから逃れることがある―歌ったり、ささやいたり、みんなで声をそろえて唱えたり、息を吸いこんでいるあいだに文句を作っておいたり、あるいは自分の話し声を耳に入れずに話すようなときである。しかし、緊張すると事態は悪化する。どもる人の多くが人前で話すとか、電話でしゃべるとか、自己紹介したりするとき、言語不能に陥ってしまう。クラスメイトとは忠誠の誓約を完全に復唱できる学童が、先生に名指しされたとたん、口がきけなくなっている自分に気づくということもありうる。
心理学者は束になって、この不調の原因を、要求の多い先生や完全主義者の両親によって引きおこされる解決されない対立に求めてきた。しかし、同じ数の心理学者が、恵まれた教育環境から出てきたどもりを例証した。フロイト学派の思想家は、しどろもどろの話し方を敵意や不安のあらわれであると信じた。ところが、心理療法はほとんどのケースのどもりを治すことに失敗しているし、無数の心理学的側面が、どもりの人たちは、そうでない人たちと同じくらい神経過敏でないということをあばいている。
自分自身、精神的にも肉体的にも欠陥はないと信じてジョンソンが提議したのは、どもりが、聞く人の耳に端を発するというものだ。すなわち、もしどもりとよばれれば、子どもはどもるようになるだろうとジョンソンは推論した。しかし彼はすこしもそれを実証しなかった。「どもりはこれまで、ありとあらゆる方法でつつかれ、さぐられ、テストされてきた」とヒューストン大学の話し言葉病理学者のマーティン・アダムズはいう。「それで、どもりはただ一つの原因によるものではないということが、ますます明らかになってきた」
これまでの研究の示すところでは、どもりは家系に引きつがれるし、また女性より男性の方が四倍もの多さで影響を受ける。そのうえ、証拠の示すところによると、遣伝するのはどもりではなく、どもりになる素質だという。
「素質があっても、それはその子がどもりになるとかならずしも宣告するものではない」とダラスのテキサス大学の言語能力生理学者、フランシス・フリーマンはいう。ある種の現実の、また知覚されたストレスがこの不調を引きおこす引き金として必要なのかもしれない。どもる人のなかには、遺伝的に言葉の修正機能がおそい人とか、基本的な言語調整がへたな人がいるだろう。こういう場合、両親が早口でしゃべるといった単純なものが、子どもにどもりを引きおこすきっかけとなるかもしれない。
このように、どもりの出現は二つの複合因子―遺伝と環境―から圧迫を受けるように思われる。しかし、この不調を生じる遺伝と環境の影響のもっとも適当な結合が、科学者にはわからない。「私たちには、いまでも何がどもりを引きおこすかわからない。わかると主張するものがいたら、それは月に向かってほえるようなものだ」とアダムズはいう。
『まだ科学が解けない疑問』
編著 ジュリア・ライ、
ダヴィッド・サヴォルド
訳者 福井伸子
出版社 晶文社
1991年10月30日 3版
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/09/21