吃音がある児童の自己肯定感の高まりをめざして

 日本吃音臨床研究会が発行している年刊吃音臨床研究誌の第11号は、ことばの教室の実践を特集しました。今日は、そこに収録されている実践のひとつを紹介します。ここに紹介されている子どもたちが、今どうしているのか。このような実践報告に接するたびに、その後の人生を思います。今、準備を進めている吃音親子サマーキャンプの子どもたちなら、報告してきてくれるのですが。
 これは、2005年8月19日、浜松市で行われた、第21回全国ことばを育む親の会全国大会・第33回東海四県言語・聴覚障害児教育研究大会の吃音分科会で発表されました。僕が、吃音分科会の助言者でした。(「スタタリング・ナウ」NO.141 2006年5月)

 吃音がある児童の自己肯定感の高まりをめざして
      ―通級指導教室での試み―
愛知県春日井市立高森台小学校 言語語通級指導教室「ことばのひろば」 尾関稲子

はじめに
 吃音研究は古くから行われているが、未だ本当の原因はわかっていない。したがって、治療法も確立されていないことは、周知のとおりである。岐阜吃音臨床研究会の廣島忍氏らの研究によると、幼児期の「吃音のような話し方」は、その要因を少しずつ取り除くこと(環境調整)により、改善され消失することもあるが、小学生になっても残っている吃音は、完全にはなくならないとされる。
 吃音症状があっても、吃音を自分の話し方の個性と考え、あるがままの自分を受け入れることができれば、吃音に悩むことはない。
 吃音がある自分を受け入れるには、「どもっている自分を両親が受け入れてくれている」という安心感がなくては不可能だろう。
 通級指導教室に吃音で相談があるとき、ほとんどが保護者からで、本人から望んで来室したのは、過去6年間12人のうち一人(相談当時5年生)であることからも、子どもの吃音には、親の不安感がかなり影響されていると考えられる。
 そこで、親子が一緒に吃音を受け入れていけるような手だてを工夫してみた。

1 通級指導教室での実践
(1)グループでの通級
 吃音のある児童が、放課後に他校通級するケースにおいて、異なる学校で異学年の児童2~3名を同じ時間に設定した。個別に時間をとる余裕がなかったためだが、保護者は、他の吃音のある児童に接したり、わが子が安心した様子で話している様子を見ることができ、不安が和らいだのではと思われる。児童も保護者も、すぐに打ち解けた間柄になった。活動内容としては、一人ずつ、おみやげスピーチを語ることと他の児童のスピーチを聴いて、何か一つ質問してあげることだけを決め、あとは、各自やりたいことを提案することにした。最初の頃は、教室にある人生ゲームやオセロなどをみんなで楽しんでいたが、そのうち、児童自らスーパーヨーヨーや一輪車、花札を持ってきて技を披露したり教え合うなど、通級の場が自然に自己表現と交流の場になった。
 その後、保護者と児童が一緒に、時には本校の児童も仲間に入れて、ソフトボールやサッカーを楽しめるまでになった。特に、体育館でのかくれんぼが印象的である。「ぼく達隠れるから、おかあさんさがして」と言って児童が隠れると、まじめに20まで数えて「もういいかい」と叫ぶ保護者。見つけ見つけられたときの様子は、「幼子と母」のふれあいのようであり、何回も「またかくれんぼをやろう」と児童からリクエストがあった。

(2)通級お楽しみ交流会
 2年前から、通級している児童と保護者や兄弟、友達も交えて、学期末に通級児童の交流会を開いている。吃音がある児童たちと進行計画をたて、パソコンで、案内のちらし(招待状)を作る。当日の司会は、もちろん吃音がある児童たちである。一つのイベントを共同で創り上げていくことは、自信をつけていくことにっながると考えている。

(3)体験型の学習
 教室にとどまらず、特別教室や体育館、運動場、飼育小屋、学校園、コンピュータールームなど校内のさまざまな施設を使って、いろいろなことに親子でチャレンジしてもらった。今までに企画した主なことは、次のようなことである。
①季節の食べ物(よもぎだんご・干し柿・梅ジュース・クリスマスケーキ・五平餅など)を作って食べる。
②畑で夏野菜やさつま芋を作る。
③昔の暮らしや遊び(餅つき・七輪の火興し・独楽回し・花札・ビー玉など)を楽しむ。
④スライムを作って遊ぶ。
⑤簡単な科学実験や科学手品をして、科学のおもしろさに気づく。

 保護者もあまり経験がないことなので、親子で楽しんでもらえた。

(4)市のイベントに参加
 通級児童の自己表現の場を広げる目的で、市の広報のイベント情報欄を常にチェックしている。参加費が無料、もしくはほとんどかからないもので、児童に経験させたいものが見つかると保護者と本人に勧め、今までに次のものに参加した。
①子ども会議(市長さんの臨席のもと、自分の得意なことや大切にしていることを発表しあう)
②新春マラソン大会(3キロジョギングの部に、ことばのひろばとして、親子で団体参加)
③春日井祭りフリーマーケット(売り手として接客した他、収益金を地震の被災地に送った)
④わんぱく相撲に参加した

(5)通級指導教室の柔軟な運営
 昨年、5年生の2学期で正式に通級を終了した現在6年生のU君。3年生から少年野球チームに所属し、丁寧なことば遣いができるようになり、レギュラーの座が目前になった。1年前に、通級を終了しても大丈夫と判断していたが、U君は、「終了届けは教育委員会に出さないでほしい」と頼んできた。そこで、来たくなった時だけ来てもよいことにして通級籍は抜かずにいた。運動神経抜群のU君であるが、時には、運動面で他の子に負けてしまうことがあるらしい。負けた悔しさともやもやした気持ちを引きずり、体育の授業では出せなかった記録を出すためだけに通級してきたことが2回あった。立ち幅跳びと跳び箱をやった日の放課後である。本人が満足するまでとことんつきあってあげたことがよかったのか1年後には、自分から「終了します」といってきた。

2 実践の考察
(1)この実践を通して、保護者が協力的、積極的になられた。例えば、お楽しみ交流会で絵本の読み聞かせ、会食メニューの提案、フリーマーケットに出す品物の提供、手作りのタペストリーで教室の飾りつけ、折り紙の講習、ビデオ・カメラ係などをしてくださった。保護者の方々にずいぶん助けられたが、通級児童にとっては、自分達のために両親が活躍している姿を見ることができ、親の愛情を肌で感じる機会になったと思われる。
(2)お楽しみ交流会やイベント参加を通して、吃音がある児童の保護者は、通級しているたくさんの親子と関わることで、吃音にとらわれることが減ってきたように感じている。
 通級担当になって7年目。今まで実践してきたことは、吃音のある子に特別配慮したわけではなく、通級してくるどの子も、「ことばのひろばは自分らしさを表現できる場だ。通級は楽しい」と思ってくれるように無理な課題を押しつけなかっただけであるし、通級児童と過ごす時間を自ら楽しんだことが、結果的に保護者の不安を和らげたのかもしれない。それが、吃音症状がなくならなくても児童の通級終了につながったと感じている。
(3)在籍学級の担任との協働については、電話や連絡帳による報告と授業参観日に保護者に混じって参観したこと以外、特に何もしなかったが、担任の先生が吃音のある子もない子も全く同じように指導されたことが一番よかったのだと思う。

3 通級により児童が変容し、自己肯定感の高まりが認められたと思われる事例
(1)A男(1年2学期~4年2学期にかけて通級。現在、中1)
 子どもの吃音を受け入れた母親のサポートもあって友達の幅が増え、「通級に行くと遊ぶ時間が短くなる」と感じるようになり、自分で終了を決めた。長期の通級であったが、その間、たくさんの遊びのアイディアを考え出し、他の児童から一目置かれたことが自信につながったと思われる。
(2)B男(1年2学期~2年3学期にかけて通級。現在、中2)
 3年生になるとき、弟が入学。母親による通級のための送迎が困難になり、終了。
 通級終了前後から友達関係が良好になり、子ども会議やわんぱく相撲にも出場。現在、剣道部で活躍中。環境が変わる学年の変わり目に吃音症状が出るが、他の時期は、ほとんど出ない。
(3)C男(5年3学期~6年2学期にかけて通級。現在、高1)
 自分から吃音を治したいと通級を開始。祖父が入院し、介護が必要なことから母親による送迎が困難になり1年で終了したが、通級で年下の児童に頼りにされ自信をつけた。中学校時代は、バスケット部に入り、小柄さを生かしたプレーで活躍。
(4)D女(1年1学期~3年2学期にかけて通級。現在、中1)
 「料理やお菓子を作ってみたいけど、『台所が汚れるからだめ』とお母さんが言う」と漏らしたことがあったので、好きなだけ調理実習をさせた。「D女が作ったケーキをいっしょに食べたいから、紅茶を持って学校まで迎えに行くね」などの励ましのことばが母親から出るようになり、自信をつけた。通級終了後、学級委員を務めるほど積極的になった。
(5)E男(2年2学期~3年1学期にかけて通級。現在、小4)
 通級当時、吃音で通級してくる児童の中では一番年少だったが、年上の男児たちと交わることで成長した。通級児童のみんなに励まされ、初め「行きたくない」と言っていた母子3人での夏期イギリス短期ホームステイに出かけることができ、無事帰国。2学期から少年野球チームに入り、練習日が通級の日と重なったことから終了を決意した。礼儀正しく監督に挨拶し、練習中は大声を上げて気合いを入れている。

4 今後の課題
(1)保護者と協力して、通級指導教室を拠点とした子どものための親子吃音自助グループを立ちあげたい。そして、それが通級を終了した児童の心のよりどころになるようにしたい。
(2)吃音に関する事実(完全には治らないことが多い。約100人に1人の割合。など)をいつどのように、本人に知らせるのがよいか。吃音のある子が聞いてくるまで待つべきか。通級の開始から間もない時期に、クイズ形式で教えたり、吃音について本人と指導者が話し合うなどして、吃音に向かい合う場を設定している教室もあるが、本教室では「最近、どう?」と尋ねる程度のことしかしていない。
 自分の吃音について一番悩むといわれる思春期のダメージをできるだけ小さくするためにも、学童期にある程度の知識を与えて心構えを持たせてあげるのがよいのかどうか、通級を終了した中学生以上の生徒に正直な気持ちを聞いてみたい。
(3)吃音のある児童が在籍する学級の他の児童に対して、吃音についてどのように説明したらよいか。授業参観などの時に学級を訪問すると、「○○ちゃんは、話がじょうずになった?」と聞いてくる子がいる。吃音のある子のことを気に掛けていてくれるからであろう。「○○ちゃんの話し方は○○ちゃんらしくていいでしょ。ことばのひろばに来たときは、いっぱいお話していっぱい遊ぶだけだよ。いろんな話し方があった方が楽しくておもしろいよね。だから、あなたも○○ちゃんの話を真剣に聞いてあげてね」このように答えてはいるが、クラス全体に、何か働きかけるべきか。
 通級している児童が在籍している学級に出かけていって、吃音について講義したことがある先生によると、子どもたちからは「何となく疑問に思っていたことがわかってよかった」「吃音のある子を応援してあげたい」などの感想が寄せられたそうだ。学級全体に説明するなら吃音のある子自身が、「先生、みんなに言ってくれてありがとう」と思ってくれるように話したい。

5 おわりに
 7年前、本校に言語の通級指導教室が開設され、赴任と同時に担当することになった。開設に当たり、児童の在籍が必要なことから、吃音のある6年生のF女の入級がはじめから決まっていた。F女のために何をすべきかわからないまま、「卒業までの1年で、F女の吃音を治すのが自分の仕事」と思い、手元にあった古い言語指導書の吃音の章を読んで呼吸法などを試していた。
その年の夏休み、新たな吃音指導法を求めて、研究会参加のために東京まで出かけた。そこで、初めて日本吃音臨床研究会の吃音に対する考え方を知り、とても安心した。「吃音は治さなくてはならないものではないんだ。この考え方なら、自分にもやれる」そう思った。
 そして2学期。F女は、始まってすぐに通級をやめてしまった。今から考えれば、F女も保護者も吃音を治す必要など感じていなかったのだ。「通級して、吃音を治しませんか」と誘うことなど、余計なお世話だったにちがいない。F女には申し訳ないことをしたと思う。今は、高校3年生になり、就職を目指してがんばっているF女をずっと応援していきたいと思っている。
 F女と入れ替わりに入級してきたのが、1年生のA男である。A男は、3年間、週に1回母親といっしょに通ってくれた。A男の母親と話をしているうち、私は、彼女の子育てや生きる姿勢に共感し、尊敬の念を抱いていった。彼女もまた全面的に協力して下さり、A男の通級終了後もつきあいが続いている。
 近年、社会のバリアフリー化が進み、障害特性に対する理解が深まりつつあるが、吃音については、「治るはずのもの。治した方がよいもの」と一般にはまだ思われている。「世の中、いろんな人がいてあたりまえ。だから、いろんな話し方があってあたりまえ」と誰もが受け止められるよう、できる限り様々な働きかけをしていきたい。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/08/04

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