鴻上尚史さんとの対談「演劇に学ぶ自己表現」
親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会の報告をしていたため、「スタタリング・ナウ」2006.4.23 NO.140 の紹介がストップしてしまいました。今日は、鴻上尚史さんとの対談の一部を紹介します。サンドイッチを食べるたびに、ここで紹介している昼食時間のエピソードを思い出し、「このサンドイッチは、うまいねえ」と言ってしまいます。そんなことをしているので、ずいぶん前の対談ですが、鮮やかに思い出すことができます。
対談 演劇に学ぶ自己表現
鴻上尚史・伊藤伸二
はじめに
伊藤 11時まで二人で話をして、その後皆さんも入っていただきます。3時間という長丁場ですが、よろしくお願いします。
僕は今日は画期的な日だと思っているんです。これまでの7回の吃音ショートコースでは、どもる人の悲しみや苦しみをどう和らげ、自分とつき合えばいいか、心理的な面に焦点を当ててきました。吃音をマイナスのものと意識していたのを「まあ、いいか」とゼロの地点に立つことを考えてきました。
今回は、「どもってもいい」から、一歩進めて、もうちょっと魅力的などもる人の表現を目指したいと考えました。そこで、鴻上さんのような、僕と対極にいる人にいろいろとお聞きして、学びたいと考えました。
鴻上 対極ですか?
伊藤 はい、対極というのは、鴻上さんの、『あなたの魅力を演出するちょっとしたヒント』(講談社文庫)を読ませていただいてそう感じたんです。
鴻上さんは、子どもの頃から楽しく生活して、楽しみや喜びは、イメージとして瞬時にパーッと浮かんでくるが、苦しみや悲しみは、時間をかけないと感情として沸き上がってこないと書いておられます。
僕は、喜びや楽しみの感情はなかなかイメージできないが、悲しみや苦しみは瞬時に沸き上がる。21歳まで吃音にひどく悩んで、小学校2年生から21歳まで楽しいとかうれしいという気持ちを味わえなかったからです。
鴻上さんとは随分違うと思ったんです。僕と対極にいる鴻上さん個人の生き方やこれまでやってこられた演劇から、学ばせていただきたいと思いました。
鴻上さんの子どもの頃はどんなんだったんですか。楽しい子ども時代だったんでしょうね。
自分でなんとかしなきゃ
鴻上 いえ、楽しいからじゃないです。(笑い)確かに伊藤さんの書かれた、『新・吃音者宣言』などの本を読むと、21歳まで友だちもなくと書いてありました。
それなんかを読むと対極という感じはしますけどね。僕の両親は教師で、僕は鍵っ子と呼ばれる存在だったので、自分で感情を処理せざるを得なかったんですよ。
小学校3年生の時でしたかね、転校したときも転校の書類を校長室まで持っていって、「転校してきました!」と一人で挨拶に行きました。とにかく自分でなんとかしなきゃということだけは、すごく刷り込まれて育ちました。
僕の生まれは愛媛です。両親は愛媛県の教師で教職員組合の日教組の組合員でした。愛媛県の組合の組織率が90パーセントをこえるかという時期です。文部省の方針でちょっと締め付けると、数年で、組織率が10パーセント以下に落ちたんですから、基本的にいかにみんな付和雷同して組合に入っていたかですけどね。
伊藤 えーっ、えらい極端ですね。
鴻上 そう、極端ですよね。大闘争があったらしいのです。校長や教育委員会の人たちが職員室に逆ピケみたいに教師を閉じこめた。組合を辞めないと、出さないとか、あちこち飛ばすぞと脅す。僕の親はがんこなので、四国山脈の山奥に飛ばされた。電車で2時間、バスで2時間、そこから徒歩で2時間というすごいところです。複々式で、1、2、3年が一緒かな。両親は昼間学校だから、小学校にまだ行けない僕はやることがない。
あの当時、山の子は、田地田畑の手伝いをしなければいけないので、教えられる暇がない。2年生でも「あいうえお」など拙い子が結構多い。僕は勝手に学校の教室に入って、「あさひ」、「りす」と生徒より先に答えてしまう。
親も困って、にこにこしながら僕を裏手にある教員宿舎に連れていって、昔のいじめの劇画のようにひもでからだをしばられた。泣き叫ぶと次の日は図書館に入れられて外から鍵をかけられた。
そんな子どもでしたから、「自分がなんとかしないといけない」が刷り込まれたということです。
伊藤 自分でなんとかする中でも、昆虫や植物や本などに一所懸命になったり、なんか人とあまりかかわらない暗い感じの方向にいく人もいるんでしょうけれど、それが、喜びとか楽しさに向いていくというのはなんかあるんでしょうか。
暗黒面のパワー
鴻上 自分でなんとかするという時に、暗黒面に目を向けるとすごくやばいわけですよ。暗黒面に目を向けると、「なんで自分はひもでつながれているんだろう」となる。なるべく、暗黒面を意識して見ないようにしようとしていたんでしょうね。
僕が22歳のときに劇団を作った当時、早稲田大学には劇団が100近くあったんですが、どんどんつぶれていく。旗揚げ公演が解散公演になったりする。そんな中で僕がつくった劇団、第三舞台がもってきた理由は、僕が、暗黒面に目を向けないようにしてきたからでしょうね。暗黒面を無視するのでなく、暗黒面も分かるけど、暗黒面になるべくとらわれないようにした。人の悪意なんかも、悪意にフォーカスを当て始めるといっぱい悪意に気づき始める。
俳優は失業を前提として、どこからか声がかかってなんぼの仕事ですから、不安といえばこれほど不安な立場はない。不安に常にフォーカスを当てている俳優もいれば、逆に「自由じゃんか」に目を向ける人もいる。失業を前提で不安に目を向け始めると、役者は酒を飲むのが好きな奴が多いので、暗黒面の飲み会になって、こんな話になっていく。
「お前、来月の仕事は? ああ、決まってない。一緒だ。一緒だ。この劇団、どうなるんだうね」
「俺は半年後は一応公演が決まってるけど、その次はどうなるんだうな」
「ほんとに、なんとかなるんかな、この劇団は」
「どうなるんだうね。30を越してさあ、親もぼちぼち、いいかげんにしろって言ってるしさ」
劇場がいっぱい集まる東京の下北沢の飲み屋には、暗黒面を抱えた俳優たちがうじゃうじゃいる。飲み屋をガラッとあけて、そういう集団がいたら、ピシッと閉めて、「おいおい」と誘われても絶対参加しない。暗黒面の力はとにかく強力ですから、暗黒面の渦に巻き込まれないぞと、その飲み屋には入らない。
伊藤さんと最初にお会いしたのが、イギリスから帰った後だったことは、すごくよかったと思うんです。イギリス留学体験がどれくらい辛かったかは『ロンドンデイズ』(小学館)という本で書いているのでよかったら読んで下さい。
昨夜は遅くまで、いろんな人からどもりの話を聞きましたが、自分の名前を言えなくて、笑いが起きたなどというのは、英語圏で僕が経験してきたことなわけです。
アメリカ人もイギリス人も、世界中の人間が英語をしゃべっているので、みんながしゃべれて当然だと思っている。世界中を旅するレポーターたちは、何のためらいもなく、英語で現地の人に話しかけ、通じないと、「何だよ」という顔をする。「世界言語である英語を、お前、しゃべれないのかい」という確信に満ちた優越意識は何だろうと思いますね。
そういう前提の中で英語圏で生活すると、僕はどもらないけれど、どもる人が自己紹介のときに起こってきたことと同じようなことが起こるわけです。
自己紹介で笑われてすごくみじめな気持ちになって、今後集団の中に入るのが不安になる。こういうことを僕はこれまでは経験をしたことがない。ところが、クラスのほとんどがイギリス人で、ことばが稚拙だと脳も稚拙だと思われる文化の中では、多分、「どもってうまく言えなくて頼りない人間だと思われた」という皆さんの話はよく分かるんです。
授業で当てられて、どう言えばいいのか分かっていても、英語でそれをどう表現していいのかが分からない。発音も、LとRの違いやBとVの違いで苦労する。
ある時、「日本語は、全部のことばに母音がついている」と言おうとしたら、どっと笑いが起こる。なんで笑われているか、言った本人には分からない。
宿舎に帰って辞書をひいて、ああなるほど、母音は、vowelでVだけど、Bのbowelの方は内臓という意味がある。「日本語には全部内臓がついている」と聞かれたらしい。このように僕が何かを言うと、笑いが起こってくるわけです。
暗黒面の力はとにかく強大なので、そっちにフォーカスを当て始めると、本当にその世界の住人になってしまう。笑われても笑われても話していくという闘いを、僕はずっと1年繰り広げてきました。
どんなに流暢になりかけても、僕はなりかけてもなかったですが、ネイティブでない分、違和感が残る。「ことば」に裏切られたりしながらも、それしか手段がないわけで、「ことば」とつきあっていかなきゃいけない。いろんなテクニックを駆使しながら生き延び、闘ってイギリスから帰ってきました。
その後だったので、1998年の日本デザイン会議・青森のシンポジウムの時の、伊藤さんの話がすごくよく分かったわけです。だから、イギリスに行く前にお会いしてたら、「ああ、なるほど。どもる人って多分そういうことがあるんでしょうね」という他人事の世界で終わってたと思うんです。
昼休みの格闘
鴻上 昼食どき、みんながサンドイッチをもって庭に集まるときは、もう気持ちは戦場です。昼休みなのに僕にとっては一番の長い闘いの時間です。授業中は黙っていればいい。分かっても英語でうまく言えないときは、「I don’t know」とか、「I have no idea」で済む。
昼休みとかはサンドイッチを買うときから、格闘が始まる。「くそっ、ひとりで隅っこで食うのも悔しいな」と思う。しかし、コーヒーとサンドイッチをもって、中庭に行くと、英語の速射砲の機関銃の嵐が待っている。
「オレは疲れているけど、君はどう?」とか、トイレの中で想定問答をしながら、「よし!」と思って行く。休みでみんなは、にこにこしているのに、僕ひとりがいきり立った目つきで行くとおかしいから、「気持ちは、はいはい、もっと楽に、楽に」と自分に言いながら、せりふをコントロールしながら、座るわけです。
ここで編み出したのは、とにかく初期のうちに一回声を出すことで参加しておけばいいということです。後半は、だんだん話は複雑になって、何言っているのか分からなくなると、にこにこしておくしかない。最初に声を出さないで、ずうっとにこにこしていると、一言も口をきかない奴になる。
だから、最初の会話の3分が勝負です。
「みんな集まったねえ」「いい天気だねえ」「今日のサンドイッチはうまいねえ」と、一言でも発しておくと、周りは、一応あいつはこの輪で楽しんでいるんじゃないの、という印象を与える。
出遅れて、輪が始まって3分たっていたら、今日はもうあきらめて、目立たない所で一人で食う。次の日は、早めに中庭で待ってて一言言う。この闘いで楽だと思ったのは、向こうは、基本的に個人主義というか、そんな僕もほったらかしにしておいてくれることです。
欧米と日本の刷り込みの違い
鴻上 お芝居が終わった後、向こうはポストパフォーマンストークがある。例えば1カ月か何週間か芝居があると、1回か2回芝居が終わった後に、演出家と主演俳優と残ったお客さんとの質問大会です。
「この芝居のテーマは何ですか」とか、「あそこであの演技はなんであんなことしたんですか」のやりとりがあるので、わざわざその日を選んで行ったりする。芝居の後、7割くらいが残っている。
「質問ありますか?」で手がわっと挙がる。この挙がり方はすごいなあと思ったが、それは質問じゃなくて、感想なんですよ。「とっても楽しかった」とか、「あなたの演技に私は亡くなったおばあさんを思い出した。そのおばあさんはとっても親切で…」と涙ぐんだりする。8割が感想なので、にこにこして質問を待ってる演出家も俳優も途中から「質問なんだけどなあ」となる。たまに質問が出ると、すごくうれしそうな顔になる。これは一体なんでだろうと思っていました。
1年間、僕はロンドンのギルドホードという演劇音楽学校という所に行ったんですけど、クラスメイトで一番有名になったのは、『ロードオブザリング』というこの前来た映画の髪の長いオーランドー・ブルーム、あれがクラスメートで、昨日言った、さえなかったレイモンドという男も『ラッキー・ブレイク』という日本で公開された映画の放火魔の役でデビューした。ぴったりの役だったと言われたそうです。
授業が1セッション終わると、教師が「質問は?」と言うと、手が挙がるけど、やはり感想なわけです。なんでだろうなあと思っていましたが、クラスメイトとしゃべって分かりました。彼たちは経験したり見たりすると、「あなたなりの感想や疑問が必ずあるでしょ」という教育を小学校以来受けている。日本のような「隣と同じです」は許されないというか、そういうのじゃない。あなたはあなたなりの思いがきっとあるはずという、ものすごい刷り込みがある。体育の時間に先生が、「それじゃストレッチ、はい右手を挙げて」と言ったら、その瞬間に「どうしてですか」と質問した奴がいた。日本だと授業の妨害としか思われない。この質問に、さすがにふだん何でも「いいねえ」と言ってた先生がかなりむっとして、「これは、実践だ。質問する問題ではなくて、やるんだ」と言った。質問した生徒は、「あの教師は私の疑問にちゃんと答えなかった」とむっとする。それくらい思ったことを表明するのがあなたらしさなんだという刷り込みがある。質問しなきゃいけないという刷り込みがすごくある。
質問は難しい
鴻上 日本人はどんな刷り込みがあるかと考えたら、「質問する以上はちゃんとしたことを質問しなきゃいけない」という刷り込みがある。
質問して、周りから「ばかじゃないの?」と言われないような質問は、実は質問のレベルからしたらものすごい高いレベルです。だから、向こうの人たちは、質問しなきゃいけないという刷り込みがあると同時に、質問はそうはできないことは知っている。だから、「すごく勉強になった」とか、「いろいろ思い出しました」とか感想を語るわけです。
僕は、イギリスに97年から98年にいたんですけど、その3年前かな、日本の文部省が「生徒ひとりひとりの想像力を伸ばすには」という調査団をイギリスに送った。イギリスの文部省からは「クラスのまとまりを作るには」という調査団が日本にやってきた。やっぱり、どっちも難しいという現状なんだと思う。
「質問は?」でアメリカで特に多いのは授業が終わってるのに、ひとり、自分の感想を語り続ける人です。クラスメイトが次に行きたいし、先生も「もうっ」て思うが、あなたはかけがえのないあなたから、あなたの意見の表明を誰も止めてはいけないとなってる。
これは、やはりいきすぎてると思う。日本人はみんな一斉に下を向いて当てられないようにして、質問がないので終わりますと言うと、個人的に質問をしにくる。
「さっき言いなさいよ」というと、「人前で言うほどの質問じゃないですから」と言う。だからどっちもよくないというのがある。
伊藤 本当にそうですよね。私も講義や講演なんかでよく経験します。
欧米型の個人主義
鴻上 欧米型の「個人でなんとかしなさい」の社会だと、自己紹介で笑われたときに、「僕は笑われたが、その後どう展開するかは、笑った側の人間が知ったことじゃない。それは僕の問題なんだ」となる。だから「笑われた後、暗黒面に走り続けようが、なかったかのように次に進むか、笑った人間には関係ない」ということがすごくはっきりしている。
日本は劇団がたくさんあって、劇団公演で演劇はなされてますが、アメリカもイギリスもプロデュースシステムで劇団はほとんどない。欧米の人間は、「どんな作品を作るのか分からない演出家をめがけて、どうしてみんな集まれるんだ」、「今回名作を作ったからといって、次回もそうだとは限らないのに、半永久的に同じ劇団にいることが信じられない」ということになる。毎回、「公演やります、集まれ」で集まって、1回やったら別れる。だから、ワークショップがすごく発達したわけです。時間をかけて仲良くなる時間がもったいない。急速に仲良くなるために、昨日やったようなゲームがたくさんあるわけです。
日本では、例えば厳しくしごかれた役者を、必ず年配のおやじさんが飲みに連れ出して、「まあ、演出家はさ、期待している奴ほど厳しく言うんだからよ」などと、劇団の中で心配してくれる。面倒身のいいおやっさんや過剰に世話焼きのおばさんが有効に機能すると、ワークショップなんて欧米的なことをやる必要がないわけです。
欧米ではこのようなお節介はしない。笑われても、叱られてもその場限りのことで、次にどうするかは、自分の判断になる。だから、厳しいけれど決意さえすれば、その方が生きやすいともいえる。そういうからくりが分かったわけです。
リスニングがうまくできなくて、全然分からないまま一学期最後の授業になったときです。みんなが順番に詩を暗唱し始めたが、何が起こっているが分からない。
聞いたことのある作者の名前を聞いて、「あっ、有名な詩を読む時間なんだ」とやっと分かる。次は誰、次は誰と自分の番が近づいて、どうしようかなと思いながらも、その場で3行くらいの俳句みたいのをつくって、「僕は、自分の詩を読みたいんですけど、それでもいいですか」とまず言う。
向こうは、「それもあなたのチョイスだ」という発想だから、日本みたいに「いやだめです。有名な詩を暗記しなさいと言ったでしょ」とは言わない。これでよかったかどうかは難しいところです。「有名な詩人のいいことばの使い方を暗唱して欲しいから、宿題を出したのにお前は今自分でつくった詩を暗唱した。お前の勉強になっていないだろう」という真っ当なアプローチもあるのに、よかったと言うのはある意味、温かいようで厳しいことです。
だから、演劇学校は1学年26人に、みんなよかったよかったで3年間で卒業しても、その中でプロの役者になれるのは数人で、後は演劇学校の3年間が一番充実した役者人生で、その後はバイト人生で終わる場合も多い。
でも、それもあなたのチョイスだということになる。日本だと、劇団の養成所で先輩が、「お前、無理だと思うよ。俺はいろんな奴を見てきたけど、向いてない。まだ25で、間に合うから、やめた方がいいんじゃないか」みたいなことを言う。
そんなこと、大きなお世話だというのがあるし、そう言ってもらって踏ん切りがっいたというのもある。欧米では誰もそんなこと絶対に言わない。
自己紹介で笑われて、「屈辱」と感じるか、「別になんでもない」と感じるかは、お前のチョイスで、「人を笑うのはよくない」でもないし、「そういうのって恥ずかしいよね」でもない。厳しいといえば厳しい世界ですね。
伊藤 そんなお話を聞くと、欧米の文化と日本の文化がとても違って、子どものころからの刷り込みが違いますね。
するとどもる人間の悩み方も、欧米の人と日本人では随分違ってきていいように思いますが、どもる人の国際大会で世界各国のどもる人と随分出会ってきましたが、あまり変わらない。
吃音ということが他の文化とちがって、どうも共通するものがあるようなんです。ドイツの人、スウェーデンの人なんかは特に、どもることに対する、恥ずかしさの意識が強いです。とても日本人的な「恥」の概念に通じる。これが自分のチョイスだとか、俺は俺だとかという感覚が全然ありません。むしろ日本の僕たちの仲間の方が「自分のチョイスだ」という感覚になっていて、世界の他の国のどもる人たちよりも元気なんですよ。これは一体なんなんだと思いましたね。
ことば中心主義の欧米 以心伝心の日本
鴻上 それは、欧米の方がことばで知能程度を判断するという、「ことば中心主義」がすごいからじゃないですか。
だから、イギリス人なんかは途中ですごい混乱してました。僕が英語をしゃべると小学校3年くらいの発音と文法でしかない。ところが、昨日やった僕の好きなゲームで「ムチャクチャ語」なんかになると、いきなり「こいつ大人だ。大人どころか、経験、結構あるぞ」という感じをもつようなんです。でもいざしゃべると小学校3年くらい。この大きな差がすごく彼らに混乱を与えたようです。
欧米の、言語がその人格を規定するという、日本人以上に厳しい社会で生きているから、外国のどもる人はすごく傷ついて、追い込まれているのだと思いますね。
伊藤 じゃ、子どものころにせっかく刷り込まれたものが、言語中心の社会の中で、どんどん追い込まれて、日本人の僕たちよりはるかに厳しい状況の中に追い込まれているということになりますね。だから、素質としては刷り込まれていない僕たちが、「がんばって言わなくても、分かってくれるだろう」という文化の中で、欧米の人ほどは傷つかずにきているということはあるかもしれませんね。
鴻上 それはあると思います。日本の「以心伝心」、「男は黙って」なんかは欧米の文化では全くない。「言わないと伝わらない」、「言わないことは存在しないことだ」という文化のとてもハードな中で生きているのだと思います。
日本の明るいどもる人
伊藤 ドイツのケルンで第2回の世界大会をしたときに、僕がワークショップをしたんですが、日本から参加した連中たちがとても明るいんです。どもりながら学校の教師もたくさんいて、結構がんばっている。
ドイツの人から、なんで日本人はこんなに明るいんだと不思議がられました。
鴻上 それは多分明るい人たちを集めたんでしょう。多分自然に集まったんでしょう。
暗黒面をもっているリーダーの周りには暗黒面の人たちが集まります。劇団でもやっぱり主宰者のキャラクターで集まる。地味な主宰者には地味な人、暗黒面にフォーカスを当てる主宰者の周りにはそういう人が集まる。人間同じような資質のところに引かれ合ったりしますからね。伊藤さんの周りには陽気などもる人が集まったんですよ。
伊藤 いやいや、そう言われるとそうかもしれません。早稲田大学でいっぱいある劇団がなくなっていく中で、鴻上さんの劇団が続いていくということを考えると、僕は、36年問、吃音に取り組んでいますが、マイナスにフォーカスを当てないですね。
21歳まで泣きたくなるほど辛く苦しかったけれど、そのことばかりに当ててたら、何も始まらない。暗黒にフォーカスを当てないでずうっと、やってきたから、36年間も続いたんでしょうね。
例えば、どもる人の世界大会を最初に僕が大会会長として開いたときも、暗黒面にフォーカスを当てるととても開くことはできなかった。
世界のどこにどもる人のセルフヘルプグループがあるのかも分からないし、資金は全くない。会場や同時通訳ではすごいお金がかかる。そんなことを、まともに考えれば開催出来る気がしない。
それを、「失敗するからには壮大に失敗しようぜ」と、会場も京都国際会館の大会議場を使い、同時通訳も一流の人にお願いした。大成功でしたが、暗黒面を見ないようにしていたから出来たんだと思います。
また、「辛いよな、苦しいよなあ、どもりを治さなきゃね」って、どもりを治したり、改善したりというところへ、仮に向かってたら、僕自身、身体がもたないし、やってられなかったですよね。今、そういうふうに思いましたね。
鴻上 海外の人たちとの交流の中で、伊藤さんとスキャットマン・ジョンとのやりとりが、本の中で紹介されていましたね。
伊藤さんと彼が「吃音を受容する」ことに研究や実践をしようという主張に対して、「吃音を治す」を追究しましょうと、海外から強烈な反対が来たということですが、それはやっぱり「ロゴス・ことば」をより厳しく求められてる国の人たちと、僕ら日本人の最終的にはことばを越えて、理解し合うのがどこか理想みたいな信仰があるのとの違いでしょうね。
恋人の究極は目と目が見つめ合ったら、お互い何を思ってるか分かるとか。本当はそんなの何を思ってるか分からないのに期待をしてしまう。アジア的かもしれないですね。
アジアではドラエモンは受けて、大ベストセラーになっている。日本がかつての、対戦国に一番の罪滅ぼしをしてるのは藤子・F・不二夫さんだろうって思うほど、喜びを振りまいてる。
ところが、欧米では、ドラエモンは全く評価されない。「ドラエモンが出してくる得体の知れない機械によって、のび太の成長や自立をすべて妨害している。ドラエモンは害悪だ」という反応です。
あれだけ『聖闘士(セイント)聖矢』や、『キャンディ・キャンディ』が受け、『キャンディ・キャンディ』なんか、ヨーロッパでは各国版のテーマ曲があって、フランス語版・英語版・スペイン語版・ポルトガル語版なんかあって、ものすごく受けているのに、です。
あれはキャンディが右往左往しながら、ものすごい頑張る話だからです。『聖闘士(セイント)聖矢』もそうだし、『セーラー・ムーン』もそうだけど、頑張るイメージだと受けるわけですよ。「どんな試練があっても行くぞっ」というのが欧米では受ける。
のび太のように、「ドラエモーン」と助けを求めて泣きつくと、「しょうがないな、のびた君は」で助ける。
僕が強引にまとめるのは危険なんだけれど、アジア的な農耕民族がゴロンゴロンとできる田畑の中に包まれる快感みたいな、最終的には「ことばを越えて分かり合う」世界観の中でどもることと、「ことばがなければ何もない」中でどもってしまうことの苦しさっていうのはすごくあると思うんです。
(後略。全編は、年刊吃音臨床研究誌に掲載)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/08/02