子どもの前でどもること

 どもる状態は変化する、ずうっと僕はそう言ってきましたが、本当にそうだと自分のどもり方を見て思います。第1回のどもる人の世界大会を開催した42歳のころ、僕は人前ではほとんどどもっていませんでした。同時通訳の人が驚いたくらいです。それから38年、どもるようになったり、どもらないようになったり、今またよくどもるようになりました。どもりながら、「吃音は治らない」と話すと、説得力があるようです。
 「スタタリング・ナウ」 2006.3.25 NO.139 の巻頭言は、「子どもの前でどもること」です。ことばの教室担当者は、子どもの前で上手にどもってみせることができなければいけないなんて言われたことがありました。表面的などもり方をまねてみせても、敏感な子どもたちは、見抜くでしょう。僕は今、自然にどもり、子どもたちの前で、どもっている姿ではなく、どもりながら生きている僕自身の生き方を見せています。

 子どもの前でどもること
                     日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 吃音を隠さず、話す場から逃げないで、どもりながら話していく中で、私はいつからか、普段はよくどもるものの、初対面の人や、講義や講演など、緊張する場面では、あまりどもらなくなった。
 「吃音は治らないものと考えて、吃音と折り合いをつけて、上手につき合っていこう」
 こう講演している私が、あまりどもらないので、「治らないと言っている伊藤さんが、あまりどもらないじゃないか」とよく言われた。どもらないのが何か申し訳ないような気になったこともある。
 ところが、私は数年前からかなりどもるようになった。私は再びどもり始めて本当によかったと思う。どもる子どもの前で、本当にどもることができるからだ。真似でも、わざとらしくでもなく、自然にどもることができる。これは実にありがたいことなのだ。
 アメリカの言語病理学では、《吃音を受容しよう》と言われることがあるが、それは治療プロセスの中でのことで、結局は吃音が軽くなることを目指している。私のように本音で、「どもっていても大丈夫」と言っているわけではない。
 吃音を軽くするための方法として、楽にどもる、流暢にどもるがある。その指導は、臨床家が実際にどもってみせることが不可欠だという。また、吃音と直面させるためだとして、臨床家がどもってそれを子どもに指摘させたり、子どものどもるのをまねたりする。そして、軽いどもり方のモデルを示し、徐々に楽などもり方にしていくのだという。時にはこの方法は効果があるのかも知れないが、臨床家がどもるそれと、自分のどもるのは本質的に違うということを敏感な子どもなら感じとるだろう。吃音親子サマーキャンプなどで、多くの子どもと話し合いを続けてきてそう思う。
 私はこのような方法に対して以前から強い違和感を持っていた。よほどの子どもとの信頼関係や、ユーモア感覚、ことばの豊かな表現力、吃音に否定的でなく、自らが自己肯定の臨床家でなければ使えないだろうと指摘したこともあった。
 ここ数年、私が再びどもり始めてから、東京都の4つの小学校のことばの教室のグループ指導の、子どもたちの輪の中に加わる経験をしてきた。ことばの教室の担当者が「どもる大人」に会わせたいと考えたのだ。
 サマーキャンプとは違って、限られた時間で、初めて出会う子どものグループの中で話すのは勝手が違う。それでも子どもたちから質問を受けたり、質問したりしながら楽しい時間を過ごした。
 先だって、青梅市立河辺小学校から、子どもの描いた絵を表紙にした「伊藤先生へ」という作文集が送られてきた。
 「私はいとう先生に会ってとてもびっくりしました。大人で先生なのにどもっていたからです」
 「ぼくよりひどくどもっているのに、明るくて大学の先生をしていることがすごいと思いました」
 「先生の話を聞いていて「り、し」のつく言葉でどもっていると思いました。ぼくもときどき言葉をくりかえしますが、こまることはありません」
 グループ学習に参加した12名の子どもが、私との出会いで感じたことを、自分のことばで書いている。この冊子は私の元気グッズになっている。
 私は現在本当にどもる。ちょっとオーバーなときもあるが、わざとどもっているわけではない。どもらない臨床家が指導としてどもってみせるのとは本質的に違うといえるだろう。また、私が見せているのは、どもっている姿ではなく、どもりながら生きている私自身の生き方なのだ。
 どもる子どもが「どもる大人」に出会うのは、とてもいいことだが、どもる人なら誰でもいいというわけではない。現在まだ悩みの中にいる人はちょっと危ない。「どもる大人」の体験談で、子どもが元気になるには、これまでの吃音のつらさや苦しみを笑い飛ばせるくらい、心の整理がされていなければならない。
 今回、日野市立日野第二小学校の実践を報告していただいて、子どもたちの声を知り、私は、どもるようになって本当によかったと思った。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/07/20

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