第33回吃音親子サマーキャンプ 事前レッスン 1 ~うれしいサプライズ~

 先週末の13・14日は、第33回吃音親子サマーキャンプの事前レッスンでした。サマーキャンプの中で、子どもたちと作り上げる劇の練習に、スタッフがまず合宿で取り組みます。それを、キャンプ当日、子どもたちや保護者の前で披露して、3日間で子どもたちと作り上げるのです。事前レッスンに参加したのは、22人。
 千葉、埼玉、東京、新潟、静岡、愛知、三重、兵庫、大阪と、遠い所からの参加もありました。この事前の合宿レッスンを担当してくれるのが、東京学芸大学教職大学院准教授の渡辺貴裕さん。渡辺さんは、大学生の頃から、この吃音親子サマーキャンプにかかわってくれていて、竹内敏晴さんが2009年に亡くなってから後、演劇を担当してくれています。実に15年になります。この事前レッスンに参加したスタッフの中には、子どもとして参加していて、卒業した後、スタッフとして戻ってきてくれた人もいます。長い長い歴史があるのです。
 いつものように、レッスン場所である銀山寺に集まり、レッスンが始まろうというときに、すてきなサプライズを用意していました。レッスンの様子を報告する前に、そのすてきなサプライズについて、紹介します。

 「伊藤さん、ご報告したいことがあるので、電話してもいいですか」と、一本のメールがありました。サマーキャンプに小学校5年生から参加して、2019年に卒業した葵ちゃんからでした。ご報告? 結婚? ちょっと早いか? 何だろう? といろいろ想像しましたが、電話で話すと、「結婚することになった。ついては、その婚姻届けの証人になってもらえないか」ということでした。双方の親が証人になるのが通例だと聞いていました。ご両親は健在です。でも、葵ちゃんは、もし、結婚することになったら、絶対、伊藤さんに証人になってもらうと決めていたのだそうです。意志は固いし、翌日、お母さんからも電話をいただき、よろしくとのことでした。
 葵ちゃんは、サマーキャンプの長い歴史の中で、印象に残っている参加者のひとりです。とても印象に残っている場面がありますし、葵ちゃんが書いた作文もよく覚えています。それにしても、結婚の証人とは。署名したらいいだけのことなのですが、そのために、京都から大阪に来ると言います。いつにしようかということになって、じゃ、葵ちゃんとの出会いの場である吃音親子サマーキャンプに関連する事前レッスンの場に来てもらったらいいのではないかということになりました。葵ちゃんを知っている人もその場に何人もいます。みんなで、お祝いができると思いました。

 13日、葵ちゃんは、結婚する彼と一緒に銀山寺にやってきました。聞いていたとおり、優しそうな彼がそばについています。僕たちは、大きな拍手でふたりを迎え入れました。そして、僕は緊張しながら、署名しました。その後、僕は、葵ちゃんとの思い出をふたつ、話しました。

 ひとつは、初めて参加した小学5年生のときの作文に書いていた映画「英国王のスピーチ」の感想のことです。言語聴覚士養成の大学や専門学校で吃音の講義をしていたとき、学生に、その映画を観て感想を書くレポートの提出の課題を常に出していました。すると、全員が、スピーチセラピストの指導でジョージ六世は開戦のスピーチができたと思っていました。
 僕はいつも、「そうではない。吃音はまったく改善していない。つまり、セラピーは成功していないが、私は国王で、国王として、どもっても国民に話さなければならない。どもったらどもったときのことだと覚悟を決めて、あの開戦スピーチに臨んだのだ」と解説してきました。葵ちゃんは、そのことを見事に書いていたのです。『ジョージ六世は、自分は自分やし、どもってもいいやという気持ちがあったから、最後に話せたのだと思いました』と書いていました。

 もうひとつは、2回目の参加の小学6年生のときのことです。主役に立候補して、予想どおりたくさんどもって劇は終わりました。その後で感想を聞いたとき、葵ちゃんはさっと手を挙げて、「役になりきれていなくて悔しかった。ひどくどもる自分が主役になり、他の人がしていたらちゃんとできたのに申し訳ない」と発言し悔し涙を流しました。たくさんどもって嫌だった、悔しかった、つらかったという内容の感想ではなく、役になりきれていなくて悔しかったという発言に、僕は心を揺さぶられ、僕も涙があふれてきました。それは、事前レッスンを担当してくれている渡辺貴裕さんもよく覚えていたことでした。
 そんな思い出のある葵ちゃんが結婚とは、感慨深いものがあります。

 サマーキャンプにまつわるうれしい話を紹介しました。事前レッスンのいいスタートになりました。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/07/15

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