カンヌ国際映画祭出品「ぼくのお日さま」試写会 

 「取材で大変お世話になりました映画ですが、近日マスコミ試写会を行うことになりました。もし、宜しければ、取材がどのように映画へと活きているのか、見届けていただければ大変うれしく思います」
 6月20日、そう書かれた、映画の試写会の案内をいただきました。2022年の夏、吃音親子サマーキャンプに取材のために参加した映画監督からでした。
 その映画は、先日、カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門でノミネートされた『ぼくのお日さま』で、監督は、奥山大史さんです。

 奥山監督との出会いは、2022年夏。次回作の映画に、どもる少年が登場するので、吃音について、どもる人の生き方について、学びたいとのことで、具体的には、その年の吃音親子サマーキャンプに参加させてもらえないだろうかという依頼でした。2022年は、コロナ明けの3年ぶりのサマーキャンプ。その間、新規の参加者はなく、リピーターだった多くの子どもたちは卒業してしまい、参加者もスタッフも何人集まるか、話し合いはともかく表現活動のプログラムはそれまでと変わらずできるのか、そもそも基本的に密な状態になるキャンプが開催できるのか、状況が全く読めない、不安ばかりが募る中で準備をしていたときでした。
 奥山監督のことは全く知らなかったのですが、その真摯な態度に好感を持ち、快諾しました。サマーキャンプ前日に、コロナ感染者過去最多を記録する中、キャンプは予定どおり開催し、奥山さんは、サマーキャンプの2日目から、話し合いの場面、表現活動の場面などを取材されました。僕たちも、さりげなく紹介しただけだったので、特別扱いはなく、一参加者として、吃音親子サマーキャンプの場になじんでおられた印象をもっています。全体で、表現活動のエクササイズをしているときも、その場におられたので、リーダーは、つい指名してしまい、奥山さんも、流れに乗って一緒にエクササイズに参加されていたと、後で聞きました。
 それから約1年半後、映画のエンディングに、協力者として、伊藤伸二と日本吃音臨床研究会の両方を入れたいと連絡があり、完成間近なのだろうと思っていましたが、まさかカンヌ国際映画祭に出品される映画だったとは思いもしませんでした。
 奥山さんと吃音親子サマーキャンプの出会いが、吃音の少年の描写にどんなふうに反映されるか楽しみにしていたところに、試写会の招待状が届いたのです。。
 
 そして、7月9日、東京渋谷、映画美学校の地下1階での試写会に行ってきました。マスコミ試写会なので、100名弱のマスコミ関係者で、ほぼ満席状態でした。なんか場違いの所に来たのかと思っているうちに、映画が始まりました。

 この映画は、雪の降る街を舞台に、どもるホッケー少年のタクヤと、フィギュアスケートを学ぶ少女サクラ、そして元フィギュアスケート選手でサクラのコーチ荒川の3人の視点で紡がれる物語です。
 ネタばれにならないように気をつけて、いただいた資料をもとに、もう少し詳しい紹介をします。

 雪が積もる田舎町に暮らす小学6年生のタクヤは、少し吃音がある。タクヤが通う学校の男子は、夏は野球、冬はアイスホッケーの練習に忙しい。
 ある日、苦手なアイスホッケーでケガをしたタクヤは、フィギュアスケートの練習をする少女サクラと出会う。「月の光」に合わせ氷の上を滑るサクラの姿に、心を奪われてしまうタクヤ。
 一方、コーチ荒川のもと、熱心に練習をするサクラは、指導する荒川の目をまっすぐに観ることができない。コーチが元フィギュアスケート男子の選手だったことを友だちづてに知る。
 荒川は、選手の夢を諦め、東京から恋人の住む街に越してきた。サクラの練習を観ていたある日、リンクの端でアイスホッケー靴のままフィギュアのステップを真似て、何度も転ぶタクヤを見つける。タクヤのサクラへの想いに気づき、恋の応援をしたくなった荒川は、スケート靴を貸してあげ、タクヤの練習につきあうことに。しばらくして荒川の提案で、タクヤとサクラはペアでアイスダンスの練習を始めることになり…。

 雪が降り始め、雪が溶けるまでの一冬の情景は、どの場面も、とてもきれいでした。雪の白さはもちろんですが、光も効果的で、きれいな映像でした。それに合わせて、音楽も静かに流れていました。セリフは多くなく、ハデな演出もなく、全体として、穏やかで静かで落ち着いた映画でした。最後に、監督がぜひ、この歌を使いたいと思ったという、ハンバートハンバートの「ぼくのお日さま」が流れました。そのエンディングが流れる中、映画にかかわったたくさんの人の名前の中に、「日本吃音臨床研究会」と「伊藤伸二」をみつけました。

 映画が終わり、会場を出ようとしたとき、奥山さんに声をかけられ、少しお話することができました。プロデューサーとも話しました。「どうでしたか」と聞かれ、僕は正直に率直にこたえました。わずかな時間でしたが、映画好きの僕にはとても良い時間でした。
 映画の中で、タクヤの吃音は特別なものではありませんでした。音読の時間の映像もあり、指名され、ドキドキしながら、タクヤは、思い切って読み始めます。案の定どもってしまいますが、でもそれ以上の描写はありません。どもる少年が音読をしてどもった、ただそれだけなのです。ことさら悲劇的に扱うでもなく、そんな子もクラスにはいるよね、ということのようです。さらりと扱っているなあという気がしました。それは、僕たちにとって、とてもうれしい演出でした。どもりながら話すタクヤが、日常の中に普通に存在していました。家族での食事の場面では、父親が同じようにどもっていました。とりたてて問題にすることなく、よくある話としてとらえられていると思いました。さらりと描いている、それがよかったと感想を言いました。奥山さんは、ほっとした顔をされたように思いました。
 タクヤの友だちとして登場するコウセイ君のことにも触れました。タクヤがどもっていても、どもっていなくても、何ひとつ変わらない友情を示すコウセイ君。監督は、「これは、サマーキャンプで、ある子が「理解してほしいと思っているわけではない。ただ、放っておいてくれたらいい」と話していたのを聞いて、そういう子どもをタクヤのそばに置きたいと思って、その役をコウセイ君にしてもらった」と話されました。
 2年前の2日間の取材の中で、いろいろなことを見聞きし、学んだことが役に立ったと話されました。取材の依頼の真摯なお話、取材当日の真剣なまなざしを思い出しました。そして、あのとき、サマーキャンプに参加していた子どもたちの姿が、映画の中に、確かに活きていたと思いました。

 映画の中で、池に氷が張った天然のスケートリンクで、タクヤとサクラと荒川コーチの3人が滑るシーンがあります。楽しそうです。弾ける笑顔が本当に素敵でした。
 そんな映画の中で、1カ所だけ、気になるセリフがありました。インパクトのある一言だったので、これを後でどう収めるのだろうかと思って観ていました。映画の中で、その最後を収めることはなく、観客に委ねられました。
 
試写会の翌日、取り急ぎ、お礼のメールを送ると、「ご覧いただけて、すっごくうれしかっです。本当にあの取材が大いに参考になりました。感謝しています」との返信がありました。気さくな奥山監督の「ぼくのお日さま」、9月に全国公開されます。ぜひ、映画館に足をお運びください。「ぼくのお日さま」の公式サイトで、最新の予告編を観ることができます。

    「ぼくのお日さま」の公式サイト https://bokunoohisama.com

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/07/11

Follow me!