能力促進から自己概念へ

 僕たちが「吃音の夏」と呼ぶイベントのスタートは、7月末、千葉県で開催する、第11回親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会です。今、その準備の真っ最中で、詳細は、もうすぐ、ホームページに掲載されます。その吃音講習会の前身である、「臨床家のための吃音講習会」の第4回は、ちょうど20年前の2004年、島根県松江市で行いました。そのときの講師が当時、兵庫教育大学学長の梶田叡一さんでした。気さくに、僕たちの輪の中に入ってきてくださった梶田さんのお話を特集した「スタタリング・ナウ」2005.8.24 NO.132 を紹介する前に、その号の巻頭言を紹介します。吃音は「どう治すかではなく、どう生きるかだ」の、具体的な取り組みにつながります。

  能力促進から自己概念へ
           日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 この夏、言語障害児教育の大きな三つの大会に参加した。全国公立学校難聴・言語障害教育研究協議会宮崎大会、近畿地区難聴言語障害教育研究協議会奈良大会、全国ことばを育む親の会静岡大会だ。
 私はこの三つの大会の吃音分科会のコーディネーターを担当した。提案された実践と、分科会の雰囲気に大きな喜びを感じた。それは、ある研究大会での話が強い印象として残り続いていたからだ。
 数年前、千葉市立院内小学校の実践が、ある研究大会の吃音分科会で発表された。その実践は、子どもたち同士の交流や、通常学級を巻き込んで、子どもが自分の吃音と向き合うすばらしいものだった。6年生のA君が卒業記念として公開録画番組に取り組んだ様子のビデオが流された。私も一度見せてもらったことがあり、多くの人の共感が得られたものと思っていたが、現実はそうではなかった。その分科会に参加した他県のことばの教室の教師から聞いた話では、どもりながら明るく活動するA君の姿に、多くの批判や疑問が出されたと言う。
「吃音症状がひどく、相手に伝わりにくい。伝える手段をもっと身につけさせるべきだ」
「あれだけどもっていたら、6年生としてことばの教室の終了の目安に達していないのではないか」
 このような批判だったらしい。言語障害児教育を担うことばの教室では、吃音症状を改善させなければ意味がないということなのだろう。居合わせたその教師は実践のすばらしさを評価する発言をしたかったが、批判一色の中で発言ができなかったと言う。
 この夏、私が担当した吃音分科会では全く違う雰囲気だった。全難言協宮崎大会の吃音分科会での岡山の片岡一公さんの報告、近畿地区奈良大会の神戸市立稗田小学校の「出会いのひろばの実践」、親の全国大会の吃音分科会の愛知の尾関稲子さんの実践は、いずれも吃音症状にこだわらない、どもる子どもの自己概念に焦点をあてたものだった。参加者の質問や議論は、実践に共感し、学ぼうというものばかりで、実践者に対する批判的なものはなかった。
 この違いは、吃音についての基本的な考え方の違いによるものだといっていい。どもる子どもの支援を、能力発達・促進に置くのか、自己概念に置くかの違いだと言っていいだろう。ことばを換えれば、「どもらなくなった。吃音が軽くなった」という、話すことばの能力発達に視点を置くのか。「どもりながら友だちとよく遊ぶようになった。どもりながらよく発表するようになった。吃音について周りの友達に話すようになった」など、吃音に対する本人の意味づけが変わり、吃音をマイナスのものと強く思わなくなったことに視点を置くのかの違いである。
 吃音への長い長いアプローチの歴史は、どもる状態に対するアプローチだった。アメリカの研究者・臨床家の間で、長い間論争が続けられた「どもらずに流暢に話す」も、「楽に流暢にどもる」も、どもる状態を問題にすることには変わりがない。アメリカの言語病理学はこの位置から一歩も出られないでいる。
 私たちはこのアメリカの言語病理学から多くのものを学びつつも、一歩踏み出し、吃音症状が改善されたかどうかより、本人が吃音をどう受けとめ、どもる自分にどのような自己像や未来像、自己概念をもつかが最も大切なことだ主張してきたのだった。
 この夏の流れがこのまま言語障害児教育に定着するとの楽観的な見方はできないが、少しずつ「治すことにこだわらない実践」が積み重ねられていると思う。数年前、実践が正当に理解されずに寂しい思いをした院内小学校の人たちも、この夏の吃音分科会の雰囲気の中にいたら、意を強くしたに違いない。
 以前よりどもらなくなった、楽にどもれるようになったという視点ではなく、どもりながら何々ができるようになった、どもりながらも表情が明るくなったなど、吃音をどう受けとめるかということの大切さを強調していくためには、自己意識・自己概念教育に対する学習は欠かせない。
 私たちが書物を通して学んだ、日本における自己意識・自己概念教育を提唱し続けてきた梶田叡一さんに直接お話を聞く機会がもてた。私たちへの大きな応援歌として聞かせていただいた。梶田ワールドを共に味わえるのは大きな喜びである。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/06/06

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