吃音は障害か?
吃音は障害か? 個性か? 癖か? 病気か? この問いは、吃音親子サマーキャンプの子どもたちの話し合いでもよく話題にのぼります。それぞれにそう考える理由を言って話し合いをするのですが、結論としては、どれでもいい、どっちでもいいになります。それぞれが、自分にとって納得できるものを使えばいいのだと思います。大事なのは、「どもるからできない」のではなく、「どもらないで電話や人前で話すことができない」が事実です。どもりながら電話をしたり人前で話すことはできます。どもらない人のように流暢にはできないだけで、どもりながら、多少の時間をかければできることばかりなのです。
「スタタリング・ナウ2005.7.23 NO.131 の巻頭言、「吃音は障害か?」を紹介します。
吃音は、障害か?
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
「吃音は障害か?」
2005年、国際吃音連盟で論議が続けられた。
吃音が言語障害の主要なテーマであることは、言語病理学を学ぶ人なら誰もが知っている。アメリカの言語病理学の発展を担ってきた研究者の多くは吃音に悩んできた人で、言語病理学は吃音研究とともにあったともいえる。また「どもり」を差別語だと考えるマスコミの『ことば言い換え集』には、どもりを言語障害と言い換えるよう記されている。
「吃音は言語障害」であることは自明のことでありながら、「吃音は障害か?」のような論議が成り立つところに吃音の難しさがある一方で、吃音の明るい未来があるのだと私は思う。
日本のどもる人のセルフヘルプグループでは、創立して5年頃、国の吃音への施策を推進させるために「障害者手帳の取得」運動を展開するかどうかの論議がされたことがある。それから35年後、世界のレベルでほとんど同じ内容の論議が行われていることに、吃音の問題の変わらなさを思う。
かつて、世界保健機構では、障害を3つのレベルでとらえていた。2001年に改訂され、国際生活機能分類と名前を変え、活動と参加の定義をした上で、〈活動と参加の制限〉が入った。私はこれを〈クオリティーオブライフの低下〉ととらえ、便宜的に障害を4つのレベルで考えることにしている。
1 機能障害 インペアメント
2 能力障害 ディスアビリティー
3 社会的不利 ハンディキャップ
4 生活の質(クオリティーオブライフ)の低下
吃音は1のレベルの機能障害であることは事実だ。どもって「タチツテト」が言いにくいなど、「吃音症状」といわれているものがインペアメントであることは多くのどもる人に共通することだろう。しかし、どもるというインペアメントがあっても、次のレベルであるディスアビリティー、ハンディキャップ、クオリテイーオブライフの低下になるとはかぎらない。人によって大きく違ってくる。これは他の病気や障害とは大きく異なることだろう。また、それがいわゆる「吃音症状」の重症度とは必ずしも一致しない。
今回の国際吃音連盟の論議の中で、「吃音はディスアビリティー」だと多くの人は言うが、私は違う。どもるというインペアメントのために、「人前で話ができない。電話ができない。自己紹介ができない」というのがディスアビリティーという人たちの主張だ。私も、吃音に悩んでいた当時は、「どもるから~ができない」と固く信じてきた。しかし、それらが思いこみであることに気づいたのは、インペアメントとしての吃音を治すことができずに、どもる事実を認め、私の言う「ゼロの地点」に立って、吃音とともに生きる道を探り始めたときだ。「どもるからできない」のではなく、「どもらないで電話や人前で話すことができない」が事実で、「どもりながら」を納得できれば、電話も人前で話すこともできるのだ。どもらない人のように流暢にはできないだけで、どもりながら、多少の時間をかければできることなのである。
どもっても言いたいこと、言わなければならないことは言う生活をしていると、吃音はハンディキャップにならないし、クオリティーオブライフが損なわれることもない。それは多くのどもる人々が様々な職業について、実際にいきいきと生活をしていることをみても明らかである。
この論議があったとき、言語聴覚士の専門学校の講義で「吃音を治したり、軽くしたりできないのなら、臨床家として何ができるか」との学生の質問に、私はこんなふうに答えた。
「インペアメントである<吃音症状>の軽減ができなかったとしても、吃音がディスアビリティーにならないようにする支援は、論理療法や交流分析、アサーティブトレーニングなどを活用して取り組める。また、吃音がハンディキャップにならないようには、社会の吃音の理解を高めるために、臨床家として情報提供をすることもできる。どもる人のクオリティーオブライフを高めるなど、障害の3つのレベルでの取り組みで、どもっていても吃音が障害とならない人生を送るためのお手伝いはできるだろう」
何ができるか不安を抱いていた学生は、こんなに多くのことができるのかと、大きくうなずいた。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/06/05