第7回吃音の世界大会   基調講演~吃音とつきあうセルフヘルプグループ活動の38年間と新たな方向について~

 2003年に開かれた、第7回吃音の世界大会で、僕は、基調講演をしました。
 演題は、「吃音とつきあうセルフヘルプグループ活動の38年間と新たな方向について」でした。吃音を治療の対象としてみる発表が多い中、おそらく僕の講演は異色のものだったでしょう。でも終わってから、たくさんの拍手をもらい、それなりの手応えも感じました。治したい、治るに越したことはない、でも、治らない現実を前につきあっていくしかないのだろうなと思っている人たちがたくさんいるということだろうと思いました。基調講演として発表したものを、紙面の都合で一部要約したものを紹介します。

基調講演
  ~吃音とつきあうセルフヘルプグループ活動の38年間と新たな方向について~
                  伊藤伸二 日本吃音臨床研究会(日本)

吃音は変化するもの
 私の、吃音に悩み苦しんだ21歳までの人生と、1965年にどもる人のセルフヘルプグループを設立して活動し始めてからの38年の人生は、大きく違います。38年間の活動の中で出会った数千人の人たち、14年間続けている吃音親子サマーキャンプに参加した多くの子どもたちも、私同様に大きく変わりました。
 「吃音は自然に変化し、どもる人の吃音に対する考え方や態度も変化する」と、私は確信するようになりました。吃音の変化は、専門家の治療を受けるか受けないかではなく、その人に内在する「変わる力」によって起こるのでしょう。現実に多くの人が、専門家の力を借りず、様々な要因によって変化してきました。
 そもそも、吃音は変化するのが大きな特徴です。幼児期には自然治癒がありますし、どもったりどもらなかったり、大きく変動します。学童期の子どもも、充実した楽しい学校生活で変化していきます。成人にも波があり、どもる場面とそうでない場面があります。また、私が直接出会った大勢のどもる人の中には、あまり変化のない人もいますが、以前よりはどもらなくなった人にも多く出会います。それらの人は、治療や言語訓練は一切しておらず、したい仕事に就いた、楽しい豊かな人間関係があった、話さなければならない立場になったという人たちです。

私の吃音人生
 私は、小学2年生の秋の学習発表会の劇で担任教師から、セリフのある役をはずされたことで、吃音を「悪いこと、劣ったこと、恥ずかしいこと」とマイナスに意識したことから悩み始めました。21歳のとき、民間吃音矯正所で4か月治療を受けましたが、私を含め、一緒に受けた300人全員が治りませんでした。しかし、私にとって良かったのは、「吃音は治る」という幻想を捨てられたことと、どもる人に出会えたことでした。
 私は1965年、出会った仲間とどもる人のセルフヘルプグループを設立しました。その後、どもる事実を認め、吃音を隠さず、話すことから逃げなくなると、できないと思っていたことが思い込みであり、どもっていてもできることがわかりました。相変わらずどもっているのに、吃音に対する嫌悪感や罪悪感がなくなり、吃音にはあまり悩まなくなりました。
 これだけでも大きな変化ですが、吃音そのものも変化し始めました。「どもっていては教師になれるはずがない」と思っていたのが、セルフヘルプグループの活動で自信を得た私は、言語障害児の教育にあたる、公立小学校の教員を養成する国立大学の教員になりました。大学では、どもりながら講義をしたり、大勢の前で講演しました。どもりながらも積極的に人とかかわる生活のためか、治そうとしていた時は全く変化がなかったのが、治らないもののどもり方が変わりました。
 このようにどもることが問題ではなくなった私や大勢の仲間の経験から、「吃音はどう治すかではなく、どう生きるかだ」と確信するようになりました。この考え方を検証するために、私は北海道から九州、35都道府県、38会場で吃音相談会を開きながら、悩みの実態調査をしました。短期に集中して400人ほどの人と出会えたことで、革命的とも言える大きな発見をしました。
 どもる人全てが悩んでいる訳ではなかったのです。グループも知らず、治療も受けず、どもりながら明るく健康的に生きている大勢の人々と出会ったのです。自分が深く悩んだ経験と、多くの人の悩みを聞いてきたことから、「吃音は深く人を悩ませるものだ」と思っていました。その固定観念が破られました。
 私たちは、周りから与えられたり、自分自身が貼ってしまう「吃音は悪いもの、劣ったもの、恥ずかしいもの」という烙印(らくいん)、スティグマによって悩んでいたのだということも、悩みの調査の中で明らかになりました。

吃音親子サマーキャンプ
 子どもの頃に吃音をマイナスに意識しないことが大切だと、私は小学生から高校生までを対象にした、吃音親子サマーキャンプを開催し、今年で15年目になります。最近は150名近くが参加する大きなものになりました。吃音について話し合い、どもりながら劇を上演する取り組みの中で、子どもたちはどんどん変わっていきました。私たちがどもりながらキャンプを楽しく運営する姿に接し、「どもってもいいのだ」と子どもたちは肯定的に吃音をとらえるようになったのでしょう。どもっても学校の中で朗読し、発表をし、意見を言うようになりました。「日常生活を丁寧に、大切に生きる」ことで吃音の症状そのものも変化していきました。この日常生活に出るのを阻むのが、「吃音は悪いもの、劣ったもの、恥ずかしいもの」というスティグマです。このスティグマをはがすことで、吃音とつきあう道が開けるのです。「吃音を治したい」は、吃音に苦しむ人の自然な思いなのですが、私たちは次の事実に向き合う必要があります。
 ①治療を受けるか受けないかにかかわらず、治っていない人が多い事実
 ②原因も分からず、有効な治療法がないという事実
 ③吃音に悩んだり、人生に影響を受けるには大きな個人差があるという事実
 この3つの事実に向き合うと、吃音を治すのではなく、吃音と上手につきあうことを目指すことが、現実的な吃音への対処だと気づきます。そして、私たちは、どもりながら、豊かな人生を送ることができることを社会に知らせていく必要があるのです。最近、私は、またよくどもるようになりましたが、悩むことはもうありません。一度身についた吃音への考え方、態度は、吃音症状が変化しても変わることはありませんでした。

日本吃音臨床研究会の伊藤伸二 2024/03/31

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