民間吃音矯正所修了者の実態調査
今日、紹介する「民間吃音矯正所修了者の実態調査」を、第18回日本音声言語医学会で発表したのは、50年も前のことです。僕の学会発表の初陣でした。この調査研究には、僕が21歳のとき行った東京正生学院の梅田英彦副理事長が修了者の住所録を提供して協力してくださいました。治っていない実態が明らかになる可能性が高い調査研究への協力に感謝の気持ちでいっぱいでした。
当時、まとめた考察は、吃音の問題を考える上で大切な原点になっています。
・治そうと努力すればする程、悩みが深まってゆく。
・「吃音が治ったら~しよう」と考えると、実際の生活の場面で消極的になる。
・「吃音を治そう」とするのではなく、「吃音を持ったままでも、どう生きてゆくか」を考える。
・「治らないかも知れない」と考えることが、どもる人にとって、積極的な生活を送る基本になる。
多くの学会活動から離れて久しいのですが、今回、「スタタリング・ナウ」2003.8.21 NO.108に掲載したこの調査研究を読み、日本特殊教育学会、日本人間性心理学会などで、口頭発表や自主シンポジウムを開いていたことを懐かしく思い出しました。
民間吃音矯正所修了者の実態調査
大阪教育大学 伊藤伸二
吹田市立千里第二小学校 植田泰子
目的
成人吃音者が、民間矯正所に通所する例は多い。矯正所内では比較的流暢に話せても、終了後の実際の生活の場面では、それが役に立たないことが多いとも言われている。本研究では、矯正所を終了した成人吃音者の実態調査を通じて、よりよい吃音対策の方向を探った。
調査対象
1970年11月~1971年11月の間の吃音矯正所終了者および、矯正所に問い合わせのあった者に質問紙を郵送した。回答のあった30名について報告する。
調査方法
質問紙調査法(一部、面接を含む)
調査内容
1 自己の吃音と悩みの程度の自己評価
2 民間吃音矯正所での効果
質問調査結果
①自分の吃症状を重いと思っている人程悩みは深い。しかし、自分の吃音を軽いと思っていながら、非常に悩んでいる人がみられた。
②治療効果は、一定期間は持続しても、1ケ月以内に再発することがもっとも多い。その他はいつの間にか元に戻ったと答えている。
③効果があったと感じるのは、自分の吃症状を軽いと思っている人だが、効果が持続しない。
④終了後再び矯正所に通うのは、目分の吃症状をふつうと思っている人に多い。終了後5回この繰り返しをした人がいた。
面接調査結果
回答した30名の内、求めに応じた6名に行った。主として矯正所終了後の社会適応を調べた。
①自分の吃症状を軽いと思っている人
これらの人は矯正所でうまく話せたという自信を、実際の生活の場面に生かしている。自分なりに話し方を工夫し、絶対にどもってはならないという完全主義からのがれられれば、社会適応ができていると言えよう。
②自分の吃症状を”ふつう”と思っている人
これらの人は矯正所内ではうまく話せたという人が多い。しかし今回の調査では、その全ての人が実際の生活の場面ではうまく行っていない。うまく社会適応ができずに悩んでいる。
③自己の吃症状を重いと思っている人
これらの人は矯正所内でもうまく話せていない。実際の生活で困ることが多いとしながらも、その後は、治そうとして矯正所を訪れたり、治す努力をすることが少なくなっている。
考察
以上の結果から、注目したいのは、矯正所へ行けば治ると信じ、何度も繰り返し矯正所を訪れる人たちのことである。これらの人達は、治そうと努力すればする程、悩みが深まってゆくという悪循環をくり返していく。これは、自分の吃症状を”ふつう”と思っている人に多い。この悪循環は、「吃音は必ず治る」と信じることから生まれているようだ。常に、「吃音が治ったら~しよう」と実際の生活の場面で消極的になっているのが、この人たちである。
治っていない人の多い事実と、どの吃音が治り、どの吃音が治らないかの判別が難しいことを考えれば、現段階では、「必ず治る」と考えるのではなく、「治らないかも知れない」と考えることが吃音者自身にも指導者にも必要と思われる。
「吃音を治そう」とするのではなく、「吃音を持ったままでも、どう生きてゆくか」を考えることである。そう考えることで、悪循環はある程度断ち切られ、「吃音のまま~しよう」というより積極的な生活へとつなげることが可能となろう。
このことは、公立小学校に設置されている「ことばの教室」にも同じことが言えよう。実際の指導には、治らないで成人していく可能性のあることを考慮しなければならない。
「治らないかも知れない」と考えることが、吃音者にとって、積極的な生活をおくる基本になるだろう。
100名中30名だけの、吃音者自身の主観による記述や話だけを資料としたので、調査結果を一般化するには危険があるが、べールにつつまれていた民間吃音矯正所が、このような調査研究に強力して下さったことに大きな意義がある。梅田英彦・東京正生学院理事長に感謝致します。
回答の少なかったことも一つの実態であり、残り70名の中に深い問題が隠されているだろう。
1973年11月23日。東京慈恵会医科大学で行われた、18回音声言語医学会総会で伊藤伸二が発表した。(『音声言語医学』1973 Vol l4 No.3 日本音声言語医学会)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/03/05