「吃音の夏」、前半戦は暑かった
7月27日、大阪を出発して、埼玉県に向かいました。埼玉県の大宮市で、全国難聴・言語障害教育研究協議会全国大会埼玉大会が行われました。久しぶりの対面での開催です。
大宮には27日の昼頃に着きました。精神科医の本田秀夫さんの記念講演からスタートしました。本田さんのことは、以前、NHK番組で見て知っていました。本もあります。発達障害の人に対する見方、捉え方に似たものを感じていました。発達障害の人と発達障害ではない人との違いや差について、どこからが障害でどこからが障害でないのか、そんな線を引くことはできない、ちょっとその特性が強く出る人と弱く出る人の違いではないか、そんな表現をされていました。流暢性と非流暢性の違いも同じだと思います。どこからが吃音で、どこからが吃音でないのか、くっきりとした境界線があるわけではありません。一本の線の端が健康で、もう一方の端が死を表すとして、健康要因が強いと健康に近づき、そうでないと死に近づくという健康生成論に通じるものを感じながら、聞いていました。最後に、自立に大切なことは、自己決定力と相談力だということを強調されていて、これもまた僕の主張に共通のものとして印象に残りました。
28日は、分科会です。千葉市のことばの教室担当者が、吃音の分科会で、実践を発表します。その応援のため、僕は大宮に来ました。実践のタイトルは、「吃音のある子どもが幸せに生きるために ことばの教室でできること」。昨年秋、僕は、その担当者の学校を訪問して、子どもたちと出会っています。子どもたちと対話を重ねてきた実践は、言語訓練ではなく、対話が大切だという僕たちの考えを実践に結びつけてくれたものでした。発表の中に、担当者と子どもとの対話の場面の映像がいくつも流れました。おもちゃで遊びながら、それでも担当者との話をやめようとはしない子ども。大切なことばがたくさんちりばめられていました。吃音と接するときの心の持ち方を発表している子どもの映像もありました。吃音に悩んでいるときは、心が吃音でいっぱいになっている。けれど、その反対に、したいことや熱中することがあってそれに夢中になっているときは吃音が小さくなっていると言います。この子のことは、以前、ブログで紹介しました。再掲します。昨年12月10日のものです。
ことばの教室訪問 子どもたちとの対話
千葉市のことばの教室とは関係が深く、秋には千葉で吃音キャンプがあったばかりです。ふたつの学校から依頼を受けて訪問し、どもる子どもたちや保護者から質問を受け、対話をしました。
まず午前中の山王小学校に入ると、手作りの歓迎の立て看板が目にとまりました。チャイムが鳴り、子どもたちが集まってきます。子ども6人と保護者、担当者、そして僕たちがそろって、授業が始まりました。
はじめに、子どもたちが、自分にとっての幸せとは何かについて書いた画用紙を見せながら自己紹介をしてくれました。
そして、子どもたちから僕への質問コーナーに移りました。
・今年、放送委員をしている。アナウンスするときに、自分がどもることを考えたことはない。もし、伊藤さんが僕と同じ放送委員だったら、どんなことを思いますか。
・大人になってから、どもって困ったことはありますか。
・休みの日は1人で遊ぶことが多いですか。
・どもっていると、つけない仕事があると思いますか。
・私は友だちが110人います。自分から「友だちになろう」と声をかけて友だちを作るけれど、伊藤さんはどうやって友だちを作りますか。
・どうして、世界大会やどもる人のグループを作ったのですか。
・僕は吃音について、将来の不安がありません。「なんでそういう話し方なの?」と聞かれることは今までもあったし、これからもあると思うけれど、慣れていくしかないと思っています。どもりと向き合う心の作り方も分かりました。困ったら、そのとき考えればいいと思っています。こんな僕をどう思いますか。
・どもらなければもっと楽しい生活になるだろうと思う人がいます。なぜ、そう思うのだろうか。どもっていても、楽しい生活はできると私は思います。
・吃音を気にしないレベルを10段階で表したら、伊藤さんは10に見えます。私は10を目指しているけれど、今、レベル7の位置にいます。あと3は気になってしまいます。気になる3をなくし、10になるにはどうしたらいいですか。
小学生の子どもたちが、こんなことを考えているのかとびっくりします。質問の意味を確かめ、子どもひとりひとりとやりとりをしながら、僕は自分の考えていることを話していきました。個別学習やグループ学習で、しっかり吃音を学び、自分の吃音について考えているからなのだろうと、自分自身の小学生の頃と比べてしまいました。
僕と同じ名前の伊藤君が、「どもりと向きあう心の作り方」という図を見せてくれました。
前は、僕の全体が吃音だったけれど、今は、僕の中のほんの一部が吃音で、ほかにもいろいろあるのが僕だ、ということだそうです。すごいなと思います。
もちろん、これからの人生の中で、いろいろなことがあると思います。理不尽なことにも遭遇するかもしれません。でも、そんなときもきっと、小学生のある時期、こんなことを考えていたという実績は消えることはありません。吃音親子サマーキャンプで出会った子どもたちのように、苦しいことやつらいことがあったとしても、なんとかしのいでいってくれるだろうと確信しました。(2022年12月のブログ)
そんな子どもたちの様子をいきいきと語り、子どもの声を紹介する発表は、本当にすてきでした。
分科会が終わって、そのまま吃音講習会の会場である愛知県名古屋市に向かいました。
埼玉大宮の分科会の会場で声をかけてくださった方がいます。その男性の話は、明日。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/08/03