全国各地のことばの教室の研修会や講演会では、たくさんの質問が出されます。私は質問を受けることが大好きで、瞬間にそのとき浮かんだことを答えています。時には、あらかじめ出された質問に文書で答えることもあります。以下に紹介するのは、ある県の研修会の質問に答えたものです。これ以外にも、いろんな質問には答えていきたいと思います。質問がある場合は、ホームページの問い合わせページからメールをください。
① 保護者と担当者は吃音について心配しているが、本人の困り感や相談が特にない場合は、担当者が直接的に吃音に触れてよいか悩んでいる。担当している児童は発音の改善練習を現在行っているが、控えめな性格のため自分から言い出せないことも考えられる。吃音の症状が出ている児童への困り感を聞き出す声かけの仕方や、本人の気持ちを配慮しながら吃音を学習していこうと切り出す方法を知りたい。
伊藤 吃音について触れるのが、ことばの教室の役割だと私は考えています。私の仲間のことばの教室担当者は、小学1年生がことばの教室に通い始めるとき、「私の教室では、吃音についてこんなことを話し合ったり、勉強するところだよ」と本人と家族に説明し、話し合ってから入級しています。そのような話し合いをしないで通級を始めた場合は、できるだけ早い時期に、ことばの教室はどのようなことを勉強するところかを知らせながら、本人の思いや考えを話し合うようにしていただきたいと思います。
私が31年続けて開催している吃音親子サマーキャンプでは、幼稚園の子どもでも、小学1年生でも、初日に90分の吃音についての話し合いの時間があります。初めて出会う子どもたちですが、ことばの教室の教師が驚くくらい、子どもたちは率直に話しています。ここは「吃音について話し合いをする場」と、場の設定をしているからでしょう。
「本人の困り感や相談が特にない」場合でも、丁寧に子どもと対話をしていくと、いろいろと出てくるかもしれません。質問にある、「本人の気持ちを配慮して」のことばには、吃音を話題にすると傷つけてしまうことになるかもしれないとの恐れがあるのでしょうか。吃音を話題にしたからと言って、子どもが傷つくことはないと思います。むしろ、話題にしない方が、吃音を意識している子どもなら、「どうして吃音について話がないのだろう」と、却って不思議に感じるかもしれません。
「困り感」についてですが、「何か、困ることはある?」と聞いたとき、子どもは「別にない」と答えるでしょう。私は、小学2年生から深く吃音に悩んでいましたが、「困り感」はありませんでした。私は音読や発表など、話す場からとことん逃げていたので、吃音に直面することはありません。つまり、「どもれない、どもらない」から直接どもることで困ることはありませんでした。しかし、「しなければならないこと、したいこと」をしなかったことへの悔しさや後悔はたくさんありました。人が困るのは、何か課題に挑戦しているからです。「困り感」のない子どもは、本当にあまり吃音に悩まず、困っていないこともあるかもしれませんが、音読や発表、クラスの役割から逃げているのかもしれません。その場合は、子どもが困るように、課題に直面するよう「勇気づける」ことが必要な場合もあります。そして、どのような条件があれば、自分が困難だと考えていることに挑戦できるかを一緒に考えるのです。
一方で、「どもる子どもは、困っているに違いない」の思い込みから脱却した方がいいかもしれません。「困っていることはない?」の質問は、答えにくいものです。また、この質問は、「どもることは困ることだ」の考えに直結しかねません。それよりも、クラスでのできごと、学校でのできごと、地域でのできごとを丁寧に聞いていけば、困っているかいないかはおおよそは想像できます。それでも分からなくて、困っているかどうかを確かめたくなったら、私なら、「私は、どもることで困っていると想像してしまったのだけれど、どうしてあなたは困っていないのですか。教えてほしいなあ」と、質問します。そうすることで対話が始まります。吃音を話題にすることを先生が「腫れ物に触るように」していると子どもが感じたら、子どもは何も話さなくなるでしょう。対話が難しければ、「ことばの教室は、吃音について勉強するところなんだよ」と、国語や算数、理科、社会などの教科を勉強するように、ことばの教室で吃音について学びながら、本人が吃音に対してどのように考えているか、少しずつ対話をしていって下さい。
② 親は心配しているが、子どもは吃音自体に心配していなかったりする場合の指導の仕方はどのようにすればよいか。
伊藤 私なら、子どもと親と3人で話し合います。親がどのような心配をしているか、本人の前では話してもらい、親の話す心配を聞いてどう思ったか、考えたかを子どもに話してもらって、そこから対話を進めていきます。その中で、子どもからも心配や不安が出てくれば、それを解消していくために、ことばの教室では、どんな取り組みを子どもと一緒にしていくのか、相談します。その取り組みの相談は、本人抜きにはしません。「吃音について学習していく」ことを確認できたら、どんな勉強をしていくか、一緒に考えます。そして、子どもが自分の考えや思いを話している様子を、親に知らせていきます。
③ 低学年児童に、吃音についてどのくらい伝えたらよいか。
伊藤 低学年、高学年と分ける必要はないと思います。対話の内容は年齢によって多少変わっていくかもしれませんが、吃音については、担当者が知っているすべての話をすればいいのです。すべての情報を開示して、その時の子どもの反応によって、子どもが興味を示せば、さらに詳しく話していけばいいと思います。大切なことは、「吃音について」、どの程度、ことばの教室の教員が知っているか、勉強しているかによると思います。「吃音クイズ」的な吃音知識はあまり役に立ちません。「吃音と上手につきあうための吃音知識」(トップページの「知っておきたい吃音知識」に掲載)は、子どもたちに伝えて欲しいと考えて、まとめました。特に、どもる人がどのような人生を送っているかは是非知らせて欲しいです。そのために、「吃音について」子どもに伝える内容を、整理しておく必要があると思います。
「学習・どもりカルタ」(日本吃音臨床研究会、1200円)は、低学年の子どもの学習教材となりますし、『どもる君へ いま伝えたいこと』(解放出版社 1320円)を教材にして、子どもと対話をしていることばの教室はたくさんあります。
④ 吃音について保護者や本人に対し、ことばの教室ではこんな学習の進め方があり、希望に応じて対応していけるという内容を説明したい。わかりやすく説明する方法(情報にも当てはまる)
伊藤 宣伝になって申し訳ないですが、『親、教師、言語聴覚士が使える 吃音ワークブック』(解放出版社 1980円)には、「私のことばの教室ではこんなことをします」として、私の仲間のことばの教室担当者が実際にしている、「ことばの教室のメニュー」を紹介しています。それは参考になると思います。
子どもをどのように育てたいかという教育の専門家としての担当者の考えが大事だと思います。私の仲間のことばの教室担当者は「吃音と共に豊かに生きる子どもを育てたい」と保護者に話しますが、質問にあった「希望に応じて対応していける」ということばは、希望に合わせて、たとえば「治して欲しい、改善して欲しい」との希望が出れば、それにも対応するかのように受け取られ、誤解を招いてしまう恐れがあります。残念ながら、「治して欲しい」の希望には応えられないのです。
ことばの教室は、あくまでも教育現場であり、治療の医療の場ではありません。
⑤ 45分間の授業の流れや、取り組むと良い指導について。
伊藤 私がことばの教室の教員なら45分をこのように組み立てます。私はどもる人間ですが、吃音の体験のない人間として書きます。
最初の10分間は、子どもと向き合って対話をします。
前回の通級から今日までの間、クラスや学校で、また家庭でどのようなことがあって、どのように感じたり、考えたかを話してもらいます。私も自分のことを話しますし、興味をもったことについては質問をしていきます。そうして、最初の時間を座って対話をする習慣をもつようにします。対話の習慣がついてきたら、ぼちぼちと吃音について話します。私が吃音について本や学習会で学んだこと、どもる成人から聞いたことなどを、ぽつりぽつりと話していきます。話を聞いてどう感じたか、考えたかについて、無理のないように質問をしていきます。対話というと、子どもの話を聞くことが中心になると思いがちですが、対等の立場で、話す分量も半々くらい。こうして対話を始めていきます。
次に、5分から10分程度、声を出す楽しさ、喜びを感じる時間にします。
まず、毎回必ず3曲ほど、童謡・唱歌を子どもと一緒に歌います。歌は発音発声の基本です。吃音改善のための言語訓練はしませんが、子どもの声を大きく、表現を豊かにするために童謡・唱歌を使います。最初、子どもは乗り気になれないかもしれませんが、私だけでも歌います。歌うことを習慣にします。中には歌うことが苦手な子、嫌な子どももいるかもしれませんが、声を出すこと、歌うことは気持ちのいい、楽しいものです。音程が外れたり、リズムが違ったりすることはあっても、全く関係ありません。歌うのが嫌いだった子どもが、歌を歌うのが好きになったらすばらしいことです。
次に、国語の教科書の音読ではなく、子どもの好きな絵本や、詩、短歌や俳句、児童文学などを一緒に読みます。時には私が一人で、また、子どもが一人で読みます。子どもが好きな絵本や読み物だけでなく、私が子どもに読ませたい絵本や児童文学を選ぶこともします。最近出版された、素晴らしい吃音に関する絵本『ぼくは、川のように話す』(偕成社)が、今、お気に入りです。読んだ後、その絵本について話し合うこともできます。私の仲間は、自分自身が読んだ本、たとえばヨシタケシンスケさんの絵本などを紹介し、自分が考えたり感じたことを話して、子どもと対話をしています。
次に、吃音のことを勉強します。子どもが「吃音と共に豊かに生きる」には、吃音について、役に立つ吃音の学習が欠かせません。吃音の原因や治療の歴史、どんな治療法があって、なぜ効果がなかったか、など吃音の特徴や本質などを一緒に勉強します。
また、「学習・どもりカルタ」(日本吃音臨床研究会)、『どもる君へ いま伝えたいこと』『親、教師、言語聴覚士が使える ワークブック』(解放出版社)も教材として活用します。
授業の最後は、自由学習です。子どもと相談して何をするか一緒に計画を立てます。最初の絵本や児童文学のつづきを読んでもいいし、吃音勉強をそのまま続けてもいいし、子どもがしたい遊びをしてもいいと思います。最後の時間は、子どもが楽しく主体的に取り組むことに私がつきあいます。
ざっと、45分の流れを考えてみました。時には歌が中心の時間や、吃音カルタづくりに集中することもあると思います。自由に組み立てれば、私がことばの教室でしてほしいことになります。時間の割り振りも自由に変更できます。ひとつの例として、私が担当者なら、このようなことをしてみます、ということを書きました。
⑥ 伊藤さんの実践の具体的な指導場面を見たい。
伊藤 伊藤伸二の実践を見てみたい人は、31年続けている吃音親子サマーキャンプ(8月第3金・土・日、滋賀県で開催)や、55年続けている大阪吃音教室(毎週金曜日の夜、大阪市内)にご参加下さい。吃音親子サマーキャンプには、ことばの教室の教員や言語聴覚士も参加します。また、毎年夏に開催する「親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会」では、実践交流がありますし、教材の紹介では実際に指導している場面も再現しています。その他、実際にことばの教室に見学に行きたい場合は、ホームページの問い合わせコーナーからご連絡下さい。素晴らしい実践をしている教室を紹介します。きっと見学を歓迎してくれると思います。
⑦ 吃音のために悩んでいる児童本人や保護者への言葉のかけ方、励まし方。
伊藤 子どもはひとりひとり違います。ある子どもには良かった言葉かけが、別の子どもにも良いとは限りません。子どもと対話をする中で、思わず口にしたことばが、その子どもにとって、一番ヒットする言葉かけでしょう。一般的な励ましは不必要です。ただ対話をし、子どもに質問し、子どもを理解し、その上でふと出てきたことばを大切にして下さい。私は「励まし」はしませんが「勇気づけ」はします。子どもと一緒に子どもの強みを発見し、確認し、その子どもの強みやいいところを生活の中で生かしてほしいと、何かに挑戦することを提案します。子どもを傷つける意図がなければ、どんなことを話しても構いません。もし、自分のことばで、子どもが傷ついているようだと感じたら、対話が深まるチャンスです。自分が話したことで、どうして嫌な気持ちになったのかを話してもらえばいいのです。自分のことばがいけなかったと本当に思えば「ごめんね」と謝ればいいのです。
⑧ どのような活動、場の設定をすると、子どもと本音が語り合える雰囲気を作ることができるか。
伊藤 学校の授業には時間割があるように、ことばの教室の時間割を最初から作っておくのはどうでしょう。例えば、⑤で45分の流れを書いたように、です。
吃音親子サマーキャンプで、初めて参加した子どもたちが、知らない人ばかりなのに、90分の話し合いにすっと入ってくるのは、プログラムがあり、そのような時間設定がなされているからです。最初は慣れずにギクシャクするかもしれませんが、しばらくすると、ことばの教室はこういうところだと子どもも理解し始めます。「本音を語りあえる雰囲気」は、構造化された時間を繰り返し経験し、教員が吃音に向き合う姿勢を子どもが理解できたとき、子どもとの信頼関係につながると思います。信頼関係ができてから対話をするのではなく、吃音についてオープンに話し合うことで、信頼関係が生まれ、対話も深まっていくと思います。
⑨ 吃音を目立たなくする指導の方法。
伊藤 アメリカ言語病理学では相変わらず、吃音はコントロールできると吃音流暢性形成技法を提唱しています。ご質問の「吃音を目立たなくする」とは、吃音をコントロールしようということでしょうが、それができているのなら、アメリカのスピーチセラピストの95パーセント以上が吃音の指導に苦手意識をもっているという状況は起こらないでしょう。「目立たなくする」を、吃音の専門家が指導することはできないと考えて下さい。親や子どもに、そのような方法はないと断言していいと思います。また、「目立たなくする」は、吃音をごまかす方法を教えることになりかねません。他人が教えなくても、子どもは、ことばの言い換えや、間をとったりして、自然に工夫をしています。奨励する必要はありませんが、それらを否定してはいけません。子どもにとって、それは生き抜くための工夫であり、サバイバルです。子どもが自然に身につけていくものなので、他者が教えることは避けたいです。ことばの教室の教員ができることは、どもる状態に振り回されずに、自分のしたいことやしなければならないことをしていく子どもに育てることだと思います。
⑩ 吃音の指導をどこで終了したらよいか。吃音学習のゴールをどこに設定したらよいか。
伊藤 自分や吃音について学び、吃音を否定せず、どもりながらも自分のしたいことをする気持ちが育ち、将来、「なんとか、やっていけるだろう」との展望をもつことができていれば卒業してもよいと思います。また、これまで同行してきた担当者がいなくても、ことばの教室に通わなくても大丈夫だと親子で思えるようになったことが、卒業の目安でしょう。そう思えるように悩みや課題を一つずつ解決していくような学習をしていけばよいと思います。
私の知っていることばの教室では、卒業試験のような、将来起こってくるであろう、様々な場面を設定し、こんなとき、どうするかと質問し、それに子どもがどう答えるかで、合格かどうか、決めるところがあります。卒業制作として、作文や、どもりカルタや絵本などを制作し、子どもがどこまで吃音について理解し、将来への展望をもっているか、担当者と子どもとで確認するところもあります。
⑪ 教科書の音読練習をしています。そのような練習はどうでしょう。
伊藤 声を出して読むことは、是非ことばの教室でして下さい。ただ、教科書ではなく、好きな絵本や児童文学、教員が読ませたい教材を選んで、音読練習ではなく、音読を楽しんで下さい。その場合、教員も読んで、お互いに読み聞かせることです。欧米の図書館には「読書介助犬」がいます。正しく読めとか、どもらずに読めと言われて、本を読むのが嫌いになった子どもが、「ただ黙ってそばにいてくれる」読書介助犬に読み聞かせることで、読むのが苦手だったり、本が嫌いだったりする子どもをなくそうという取り組みです。クラスでする音読がうまくいくようにとの、「音読練習」の発想はそろそろやめて欲しいと私は考えています。
⑫ 子どものすきな遊びを一緒にしていますが、これでいいでしょうか。
伊藤 45分の終わりの方の一定の時間に、好きな遊びをするのはいいですが、一昔前には、「ことばの教室は遊ぶところ」と勘違いしている子どもがいました。45分の時間割を作っておかないと、遊んだだけになってしまうかもしれません。それは、もったいないと思います。表現学習としての「どもりカルタ」や「吃音絵本」や「吃音のパンフレット作り」が、好きな遊びだと言う子どももいます。
⑬ グループ学習やクラス授業の準備を一緒にしていますが…
伊藤 グループ学習の遊びコーナーで何をするか一緒に考えるのは、とてもいいことです。しかし、そのときに、クラスの行事やイベントなどでする司会の練習などはしていないと、私の仲間のことばの教室担当者は言っています。私なら、クラスの授業の準備はしません。ことばの教室での学習をクラスの授業の延長とは考えていないからです。クラスの授業とは全く別の次元の、意味ある、意義ある、楽しいことを、ことばの教室ではしたいものです。
⑭ 新聞記事や吃音の漫画を一緒に読むのはどうですか。
伊藤 新聞記事や吃音の漫画を一緒に読むのはいいことですが、吃音関係ならなんでもよいわけでなく、吃音について悲観的な、ネガティヴなものは教材としては避けたいです。吃音の否定的な物語を肯定的な物語に変えていけるような材料を選びたいものです。担当者がどのような意図でそれを紹介するのか、しっかりと考えて提示したいですね。
⑮ 伸発や連発が出る児童の対処法について教えてください。
伊藤 対処法とは何でしょうか。もし、吃音が出ないようにするための対処であれば、世界中の吃音の臨床家は苦労はしません。それがないから、現在も吃音の治療法はないことが世界の常識になっているのです。そのようなものはないと、子どもや親にも話して下さい。
吃音に対する直接的な対処法はないのですが、歌や詩を読むとき、息を吐き、母音をしっかり発音する「日本語のレッスン」は、吃音親子サマーキャンプで子どもたちとしています。このレッスンについては、『親、教師、言語聴覚士が使える 吃音ワークブック』の第七章に詳しく書いています。必要でしたらお読み下さい。
⑯ ナラティヴ・アプロ―チ、哲学的対話ができるまでの児童の信頼関係の構築や内面を話すことができるまでのステップについて。ナラティヴ・アプロ―チを中心とした子どもとの関わり方について知りたい。
伊藤 「ナラティブ・アプロ―チ」「哲学的」と聞くと難しいように聞こえますね。専門的なナラティヴ・アプローチをする必要もありませんし、できません。ナラティヴ・アプローチを難しく考えないで、子どもがもっている「吃音の否定的な物語」を、できれば「肯定的な物語」に、子ども自身が自分で書き換えるためのお手伝いをすると考えて下さい。共著者になるという言い方をします。担当者が子どもの吃音に対する思いや、将来の展望などに興味をもって聞き、質問をしていきます。例えば辛かった話をしていても、その中に例外的なポジティブな側面があるものです。それを発見し、確認することで、ネガティブな物語を肯定的に物語に書き換える手がかりをつかみます。対話を続ける中で、子どもは担当者に信頼を寄せるようになります。「信頼を構築する」ためだけの手段や取り組みはありません。ただ、子どもに興味、関心をもって質問し、対話を続けるだけです。子どもが話したことばを丁寧に受け止めて理解しようとすることが信頼の構築につながっていくのだと思います。
それを何度もくり返しながら、じっくり時間をかけて対話をしていくと信頼関係ができ、ナラティヴ・アプローチ的な対話に近づいていくと思います。
⑰ 保護者にことばの教室に入るかどうかの話し合いをする時、「ことばの教室に入れば吃音は治りますか」と尋ねられたら、どのように保護者に答えればよいか。
伊藤 世界中の吃音の専門家で「治ります」と言える人は誰一人いません。正直に「吃音は治療法がなく、私は治せませんが、アメリカ大統領のジョー・バイデンが言っているように、吃音によって人生を左右されないような生き方ができるように、子どもと関わっていきます」とは言うことができます。長い吃音治療の歴史がありながら、治療法がないことを親に理解してもらうために、情報を提供し、丁寧に対話を続けるしかありません。そのために、担当者は吃音について常に学習を深める必要があります。日本吃音臨床研究会のホームページでは、最新の情報を提供していますので、よく見て下さい。
私の仲間のことばの教室担当者は、保護者の気持ちを受け止めつつも「吃音の改善を目指すのではなく、どもりながら自分のしたいことをする、自分の将来をしっかり考える子に育てる場所である」と、ことばの教室を親や子どもに紹介しています。吃音について勉強し、吃音の問題を把握し、吃音について自分の力や、周りの力の支援を得て、自分なりに対処できる力、吃音とそのように向き合い努力することで、自分の将来を展望できる子どもになっていきます。保護者も子どもの幸せを願っての、「治りますか」なのですから、子どもの幸せのために、保護者と一緒に関わることを伝えれば、親は理解すると思います。
私の吃音ホットラインにかかってくる電話は、ほどんどが「治りますか」というものです。丁寧に吃音の現状を話して、何が子どもの幸せにつながるかを話せば、30分ほどで、ほぼ、すべての母親は理解してくれています。
⑱ 予期不安のある子どもで、日直のスピーチの時にたまにどもる程度の子どもにはどのような指導をすれば効果的か知りたい。
伊藤 いつもどもっている子どもより、たまにしか、どもらない子どもは、いつどもるかと予期不安をもちますね。予期不安について日頃から対話をしていることが大切でしょう。
予期不安への対処は、不安を先取りするしかありません。どもるかもしれないという不安なのですから、「どもる覚悟」をもって日直に臨むしかありません。どもらないように努力をするのではなく、どもっても冷静にその事実を受け止める。つまり、どもる時は、自然にどもるしかありません。どもる子ども自身が考えたのならともかく、「指を折って離す」「ラップのリズムで話す」など、小手先の工夫を子どもに教えることは控えてください。それらはそのときは使えても、だんだん効果がなくなります。子どもの時代に、どもること、どもった後の周りの反応に慣れていくことが大切です。日直のスピーチの時には、どもるしかないのです。アメリカ言語病理学では、予期不安があるとき、例えば日直のスピーチの一番最初のことばをわざと、意図的にどもることを勧めます。私はそんなことはしないで、素直に、自然にどもることを勧めます。「どもらないように」ではなく、「どもれるようになる」ことを支援するのが、ことばの教室担当者の大切な仕事だと思います。
私は小学2年生の秋から、吃音に強い劣等感をもって悩み始めてからは、「どもらないように、どもらないように」とばかり考えていました。21歳の夏に、東京正生学院の30日間の合宿生活で「どもれる」ようになったことで、その後は自由に生きることができるようになりました。どもれるようになることが一番大切なことだと、私は考えています。
不安があっても、日直を避けることがなければ、ぼちぼちと緊張の中でも自分を支える力がついてくると思います。伊藤は日直などからすべて逃げていたので、友達からも信頼されず、孤独な学童期を送りました。不安があっても逃げない子どもになってほしいですね。
⑲ 吃音とともに豊かに生きるための声かけや支援等について学びたい。
伊藤 「声かけ」程度で、子どもが、「吃音と共に豊かに生きる」道筋に立てることはありません。担当者と一緒に考え、学んで、行動してこそ、その道筋に立てることです。基本になる考え方として、健康生成論を少しだけ知っておいて下さい。なぜ、この人は過酷な状況の中でも健康を保ち続けて健康的に生きていられるのかを探ったのが、健康生成論です。これまでの、病気や障害の原因を探し、それに対して治療をして、その人を健康にしようという「疾病生成論」が立ちゆかなくなって出てきたものです。吃音は治そう、改善しようとして実現できるものではないので、これだけどもりながら、どうしてこの人は、明るく、自分なりの人生を送っているのか、その要因を探る健康生成論で考えるといいです。
1980年代、医療社会学者社会のアーロン・アントノフスキーが、第二次世界対戦の、ナチスの強制収容所、アウシュビッツに思春期に収容された経験があり、その後中高年になった女性の健康度を調査しました。70%が何らかの課題をもっていたものの、30%の女性が健康に生きていたことに驚き、それらの女性に共通する要因を、インタビューなどで調査しました。そこで出てきた要素を3つにまとめ、SOC(センス・オブ・コヒアレンス)としました。把握可能感(わかる)、処理可能感(できる)、有意味感(意味がある)の首尾一貫感覚です。難しいことばはともかく、「分かる・できる・意味がある」の三つなら子どもでも理解できると思います。
把握可能感=吃音についての対話や、吃音の勉強を通して、吃音を把握する。
処理可能館=自分の能力やクラスの仲間の協力など、他の資源を活用すれば、課題に対処でき、なんとかなると思える。
有意味感=把握可能感、処理可能感で、自分の人生に対処することは意味があると思える。
これらの感覚を育てるために、子どもと対話し、子どもと一緒に吃音について学習するのです。そうすることで、逆境を生き抜く力、回復力のレジリエンスが育っていくのです。何もしないで「声かけ」だけでは実現しません。これらの力は、吃音についてだけでなく、今後の子どもの人生にとって役に立つでしょう。
また、どもりながら豊かに生きている、どもる成人の話を、担当者自身が聞くことです。どもる人なら誰でもいいというわけではありません。吃音に困り、悩んでいる人の話ばかり聞いても、共感はできても役には立ちません。豊かに生きている人に直接会えないのであれば、日本吃音臨床研究会のホームページのことば文学賞の動画や、大阪スタタリングプロジェクト発行の体験集「吃音を生きるⅠ」「吃音を生きるⅡ」などを読んで、担当者が子どもや保護者に、「吃音とともに豊かに生きることができる」と確信をもって伝えて下さい。
⑳ どもる子どもの将来に向けての導き方について具体的な指導の仕方について。
伊藤 これまで説明してきた取り組みをして下さい。今現在のことだけでなく、「将来、この子どもはどうなるだろう」の視点を常に持ち続けて欲しいです。その視点を持ちながら将来に向けて子どもと対話をしていくと、受験や就職などの課題が出てくるでしょう。
吃音親子サマーキャンプでの話し合いでは、必ず将来の展望を話し合います。小学高学年の子どもが、将来結婚できるかを心配しているのには驚きました。キャンプには結婚した成人も来ていますので、話をしてもらうことにしています。将来どんな悩みが出てきそうか、どう解決できそうかなど、対話ができると思います。
㉑ 吃音指導で使える音読資料(読み物、詩)などの情報があれば。
伊藤 「吃音指導」という発想ではなく、「声を出すこと、表現することの楽しさを見いだし、味わう」ための資料と考えて欲しいです。子どもが好きな、興味をもちそうな絵本や児童書を一緒に探して下さい。子どもは一人一人興味関心が違うので、担当者が勝手に選ばない方がいいと思います。担当者が是非使いたい資料もあると思うので、「これを使いたいけれど、いいかなあ」と相談してみるのもいいと思います。
原因も分からず、治療法もない吃音に取り組むのです。「分からない者同士」の担当者と子どもが、手探りで取り組むのです。だから、子どもと担当者は対等の立場で、「指導」という発想は、脇に置いて「相談」しながら一緒に取り組む方がいいと思います。
㉒ 吃音を持つ人の体験談を知りたい。
伊藤 どもる人の悲しい、苦しい体験は、親や子どもの役に立ちません。ネットなどではネガティヴな情報があふれていますので、ご注意下さい。吃音の体験談として、大阪吃音教室では、2冊の体験集「吃音を生きるⅠ どもる人々の体験集」「吃音を生きるⅡ どもる人たちのサバイバル」を発行しています。1冊700円(送料込み)で、伊藤に申し込めばお送りします。また、日本吃音臨床研究会のホームページには、どもる自分の体験を朗読している動画があります。また、伊藤のブログ、フェイスブック、ツイッターなどでも発信しています。その中には、子どもと一緒に、吃音について知ったり、調べたりできるものがあると思いますので、活用して下さい。
㉓ 学習のめあてをどのように設定していけばよいか具体例を知りたい。
伊藤 「私の場合は、吃音や自分について語ることができる、自分の思いや考えを表現できるなどをめあてにしている」と、私の仲間のことばの教室担当者は言っています。
私は、これらのことに加えて、健康生成論のSOC(首尾一貫感覚)である「把握可能感、処理可能感、有意感」がもてることをめあてにします。
㉔ 吃音の事実を伝える時期・タイミングについて。
伊藤 初めて会ったとき(相談、初回授業)がよいと思います。どもる事実は、本人は気づいている場合が多いので、特に問題ないですが、「吃音は治らない、私たち担当者は治せない」は、初めに伝えないと、タイミングを失います。その子にとって最適なタイミングを見つけることはとてもできるものではありません。なので、例外なく、すべての子どもに、最初出会ったときに、ことばの教室で何を学び、何をするのか伝える前提として、「吃音は治らない、私たち担当者は治せない」ということを伝えることは必要だと思います。
伊藤は、吃音ホットライン(072-820-8244)を開設しています。ほとんど毎日電話がありますが、すべて初対面で、信頼関係ができているわけではありません。そして、ほぼ全員が「子どもの吃音を治したい、どうすれば治るか」と訴えてきます。
「吃音は膨大な研究がありながら、原因が解明されておらず、治療法もない。たくさんの人が、治すために努力してきたが、すべて失敗に終わっている。しかし、どもる人は、時に悩んだことがあっても、自分で折り合いをつけて、自分なりの豊かな人生を送っている。吃音に人生を左右されない、吃音に負けない子どもに育てることはできるので、一緒に考えていきましょう。困ったときは、いつでも電話して下さい」
全ての人にこう話をして、『どもる君へ いま伝えたいこと』(解放出版社)、『吃音とともに豊かに生きる』(NPO法人全国ことばを育む会 送料込みで700円)の2冊を必ず紹介します。すぐに申し込んでくる人、それっきりの人、何回か電話をしてくる人などさまざまです。最初どうしても「治してあげたい」と言っていた人も、丁寧に説明すれば、30~40分かかる人もいますが、ほぼ全員が安心した様子で電話を切ります。
事実は、はっきりと、丁寧に話すことが、専門家、担当者の役割だと思います。
㉕ 吃音の子どもが成長し、子ども時代を振り返った時、どんな場面で一番勇気づけられたか、どんな言葉が嬉しかったか。
伊藤 私の仲間のことばの教室担当者のことばを紹介します。
「人によって違うと思うが、私が実感しているのは担当者自身の「自分のことば」だと思う。子どものときに担当者と対話をしながら悩みや困りを解決してきたときにそれをノートにメモしていくようにしたり、作品として自分の吃音をカルタにしたり、作文を書いたりしたものを見直すことがあったときかなと思う。あのとき、こんなこと話したなとか、こんなことをして乗り切ったなと振り返ることができるように、今の学習を残すことが大事だと思う」
今、かなりどもりながら、3年ごとに仕事内容も人間関係もかわる公務員の仕事をしている仲間がいます。大変な仕事をなんとかこなせているのは、中学生と高校生のとき参加した吃音親子サマーキャンプで聞いた、「吃音は悪いことでも劣ったことでもない」とのことばだと言います。
また、アメリカのジョー・バイデン大統領が、どもる少年に送ったことばは、多くの子どもを勇気づけたと思います。
「君の未来は吃音によって左右されるべきではない。あなたが誰であろうと、吃音であろうとなかろうと、常に自らの成長を意識し、吃音があなたの未来を決めることがないようにして下さい。あなたの進む道に困難があるとき、それはその困難を乗り越えるための新たな力になるのです」
(NHKのニュースサイト NHK NEWS WEBの特集 2021年1月19日 20:52)
㉖ 親子の心理的なサポートの仕方。
伊藤 「子どもが吃音について学び、自分でなんとかしようとがんばっている様子を見ることで、保護者の気持ちも変わってくる。また、保護者に認められていることが実感できれば、自信をもって子どももがんばっていくと思う。親子の思いをつなぐことが、担当者の役割だと思う」と、仲間のことばの教室担当者は言います。
吃音に関して、把握可能感、処理可能感、有意味感をもてるようになることが、親子の心理的サポートになっているのだと思います。
㉗ 具体的な話す練習の進め方について。
伊藤 吃音を改善するための、どもらなくなるための練習はないし、しない方がいいとずっと私は言い続けてきました。1970年ごろに「吃音を治す努力の否定」を提起しました。どもらないようにする練習は、そのときは、できたような感じがしても、肝心の場面では通用しません。「特定の場面で、一時的な流暢性を獲得することは可能だが、それを持続させ、日常生活に活かせるのは極めて難しい」は、アメリカ言語病理学でも常識になっています。
「子どもの声を豊かに、表現力を豊かにするため」の日本語のレッスンの場合は、最初に身体を揺らして、体の力を抜くことや少し離れた相手に「ハー」と息を届けたり、童謡・唱歌を一音一音母音をしっかり出して歌う基礎的なことをしてから、好きな詩や絵本、児童書を読みます。また、劇のセリフを、1対1やグループで練習することもあります。 私たちが竹内敏晴さんから学んだ、子どもに教えるための「日本語のレッスン」については、『親、教師、言語聴覚士が使える吃音ワークブック』の第7章に詳しく書いています。必要ならお読みください。